「キートンのセブンチャンス」

映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1946年)の監督テイ・ガーネットは、「映画は走れ(ラン)、走れ、走れにつきる」と言ったそうだ。
映画史上、いちばん走った人といえばやはりバスター・キートンを挙げなければならない。つまり映画の原点、少なくともその一つがキートンの映画にある。
さきごろ渋谷のシネマヴェーラ《映画史上の名作番外編ーサイレント小特集3》で上映された「キートンのセブンチャンス」を観てあらためてキートンの凄みと映画史上の意義を感じた次第だった。一九二五年の製作だから、最高傑作として名高い「キートン将軍」の前の年にあたる。




キートンのセブンチャンス」は日本では翌二六年七月(つまり大正十五年)に「キートンの栃面棒」の題名で公開されている。もちろんサイレント作品だったから映画館によっては弁士と楽団が付いていただろう。今回上映されたのはサウンド版というのかな、音楽の入ったバージョンだった。
「元祖・東京きっぷる堂」というブログに一九七0年代に一連のキートン映画が再公開された際のチラシと解説があり、そこに新版では、「ボルサリーノ」のクロード・ボーリングがオーケストレーションをほどこしてみずからの指揮でウィットあふれる音楽をつけているとの記述があった。たぶんこんど上映されたのもこのバージョンなのだろう。
音楽なしサイレント版も観てみたいけれど今回観た限りでいえば音楽がじつに作品にフィットしていた。このメロディ、この演奏以外には考えられないほどに。リズミカルな音楽とスラップ・スティック・コメディが一体となって観客に迫る、映画の快楽、至福といってよい六十分でした。
友人との共同事業がおもわしくないジミー(バスター・キートン)。そんな折り祖父からの遺産700万ドルという話が突然舞い込む。これには条件があって、二十七歳の誕生日の午後七時までに結婚すること。きょうがその誕生日だった。
ジミーはメアリー(ルース・ドワイヤー)を愛しているが、内気で求婚できないまま。遺産の話に後押しされ思い切って求婚したところ、口下手からメアリーの機嫌をそこねてしまう。そこで共同経営者の友人と遺言代理人の弁護士が七人の候補者(つまりセブン・チャンス)にあたってみたもののすべて失敗。友人と弁護士はやむなく「結婚してくれたら七百万ドル。花嫁衣裳で教会へ」そんな新聞広告を打ってしまう。
すると大勢の花嫁があちらこちらから湧いてきて、驚き逃げ出すジミーを追いかける。街の大通りから野を越え山を越えてゆく痛快大逃走劇である。途中、丘の斜面では無数の岩がごろごろと落ちてきて、それをかわしながら逃走するジミーの姿には、インディ・ジョーンズも茫然とするだろう。


はたしてジミーはメアリーの誤解を解き七時までに挙式できるかどうか。逃走と時間との闘いつまりアクションとサスペンスで一瀉千里なのだ。
チャップリンキートン、ロイドは並び称されても、チャップリンはともかくキートン、ロイドの上映機会は乏しい。汲めども尽きぬ鉱脈にぜひ行き当たりたいものじゃありませんか。(七月三十一日シネマヴェーラ渋谷