ローマとパリで映画をおもう(其ノ一)

はじめての海外旅行は一九七六年三月、周恩来総理死去直後の中国でした。大学で中国語を習っていたので、若い頃は中国旅行しか念頭になく、その後、公私含めて中国、韓国、香港、マカオニュージーランドと経験しましたが、欧米への旅行はこの歳までなく、そこで思い立って退職記念を大義名分にこの十一月の九日から十五日にかけてまずはローマとパリに飛びました。   
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ローマの休日」はこの都市の最高の観光案内でもある映画で、写真のトレビの泉にしてもオードリー・ヘップバーンのアン王女が髪を切ったあとにここへやって来ます。だけど、ことトレビの泉にかんしてはフェデリコ・フェリーニの傑作「甘い生活」のアニタ・エクバーグを推したい。泉に入り、水と戯れるシーンの彼女は「ローマの休日」のアン王女以上の印象を残しています。
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トレビの泉からスペイン広場へ。この階段を見た瞬間、オードリー・ヘップバーンのアン王女とグレゴリー・ペックの新聞記者ジョーの二人の姿が思い出されて、なんだか胸キュンになっちゃいました。
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いつか見たローマの街角の風景。「ローマの休日」そしてフェリーニルキノ・ヴィスコンティのローマ。ところが、ロベルト・ロッセリーニのローマとなると、観ているにもかかわらずあまり記憶になく、今回の旅行を機にしっかり復習しておきたいと思いました。
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コロセウム。剣奴たちの戦の跡。古くは「スパルタカス」のカーク・ダグラスが、新しくは「グラディエイター」のラッセル・クロウがここでサバイバルの闘いを演じました。もちろんオードリーのアン王女も訪れています。
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コロセウムに隣接する凱旋門。このあとローマ市街に戻って昼食。わたしはお酒は好きですがたくさんは飲めない。それも日本酒がだめで、その連想からおなじ発酵酒のワインもなんとなく避けてきたのですが、この旅行では方針変換を決意しておりました。
なぎら健壱さんの『酒にまじわれば』というエッセイ集に、ビールを売っているガソリンスタンドの話があります。なぎらさんがアメリカ旅行をしていて、レンタカーでホテルへ近づいているのに一向に酒屋らしきものがなく、ふと見ればガソリンスタンドからビールを飲みながら出てきている人がいる。そこでスタンドに飛び込むとビールはあるが、他の酒類は見えない。
あのー、ワインは置いていないんですかと訊くと、店主は、おまえは何をいっているんだ、ここはガソリンスタンドだぞ、リカーショップじゃないんだ、アルコールなんか置いてあるわけないじゃないかとおっしゃる。でもビールはあるんですよねというと当たり前だろ、ビールはあるさ!?

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ローマやパリではワインがアメリカでのビールとおなじ扱いで、くわえてわたしは方針変換と旅行者の特権を自認していましたのでもちろん昼食からワイン。これまで発酵酒だなんだと避けていたのが悔やまれました。これからときどきはパンとワインが食卓に載ることになるでしょう。
ローマの休日」には、街頭のカフェでアン王女がシャンパンを注文したものだから、お金を出さなければならないジョーはコーヒーで我慢する場面があります。宮廷の儀式で、飲むというより飲まされてきたシャンパンしか知らなかったんですね。
ところが、ダンスパーティのハプニングのあとジョーの下宿で王女はイタリア・ワインを飲み干し、おかわりもします。このワインはトスカーナ地方を代表するキアンティの赤。若くて金のない新聞記者の下宿にあったのは安価でおいしいワインでした。ラストの新聞記者謁見の場で王女は慣行にとらわれず「ローマが大好きです」と自身の思いを吐露されたのですが、心にはジョーとともに飲んだあのワインもあったでしょう。お酒の面でも王女にとっては「ローマの休日」なのでした。