映画をめぐる閑談

「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

ニューヨーク郊外の館でベストセラー作家にして巨大出版社のオーナー、ハーラン・スロンビーの八十五歳の誕生日が祝われ、翌朝、ハーランが書斎で喉を切り裂かれて死んでいるのが見つかった。警察は自殺と考えていたが、そこへ私立探偵のブノワ・ブランが匿…

「マイ・フーリッシュ・ハート」~チェット・ベイカーの最期

「チェット・ベイカー・シングス」、わたしの男性ジャズボーカルのワン・オブ・ザ・ベストのディスクだ。端正で、ちょっと中性的というか妖しい雰囲気を漂わせたジャケットを含めて。 一九五0年代にトランペット奏者、そしてボーカリストとしてジャズシーン…

「パラサイト 半地下の家族」

評判に違わない無類のおもしろ映画に目を凝らした百三十分でした。 キム一家は両親と、大学進学が叶わない息子と娘の四人全員が失業中で、アルバイトや内職でその日暮らしの生活を送っている。そんなある日、息子ギウが友人の紹介で富裕層のパク家の娘の家庭…

「存在のない子供たち」

映画を評価するにあたって、現実をどれほどにとらえているかを重要な物差しとするならば「存在のない子供たち」は最高点を与えられてしかるべきだろう。その昔、「靴みがき」や「自転車泥棒」などイタリアのネオリアリズモ作品をみた人々のおどろきや感動が…

「あなたの名前を呼べたなら」

ネタバレご注意ください。 階級を超えた愛と聞くとひどく古めかしく聞こえるけれど、インドでは農村部を中心にカーストの意識は根強く残っており、社会的身分を超えた恋愛はいまなおご法度なのだと認識を新たにした。 高層ビルが林立するムンバイに、貧しい…

「よこがお」

訪問看護師の市子(筒井真理子)は一年ほどまえから末期がん患者の大石塔子の看護のために大石家に通っている。堅実で献身的な仕事ぶりは訪問先でも職場でも厚く信頼されている。大石の家では看護にくわえ、介護福祉士をめざす長女の基子(市川実日子)の学…

「さらば愛しきアウトロー」

冒頭のキャプションには、ほとんど実話を素材にしているとあったけれど、それよりも、よくできた大人のメルヘンとして楽しく鑑賞しました。 フォレスト・タッカーは一九八0年代初頭からアメリカ各地で銀行強盗を繰り返したうえ逮捕と脱獄を十数回重ねた筋金…

「COLD WAR あの歌、2つの心」

二三か月前に映画館でもらった「COLD WAR あの歌、2つの心」のチラシに、ポーランドのモノクロ作品とあるのをみて、すぐに買い!を決めた。予断と偏見といわれれば甘受しよう。しかしわたしのなかにあるポーランドのモノクロ作品はハズレのない優れもの揃い…

「新聞記者」余話

映画「新聞記者」は大学新設計画を所管する文部科学省を跳び越して内閣府、首相官邸が情報を伏せながら積極的に推進している某医療系大学の新設計画に端を発している。本来は情報を開示して進めるものだが、ここでは官邸主導で極秘に行われている。 公開性を…

「新聞記者」

むかし、ウォーターゲート事件を扱った「大統領の陰謀」をみて、権力に遠慮、迎合しないアメリカ映画界の強さに感心した。近くは、米国における聖職者による性的虐待を扱った「スポットライト」や、9・11後のアメリカをイラク戦争へと導いたとされるディック…

「アマンダと僕」

銀座の映画館からの帰り、雨上がりのあとに感じるような心が洗われた気分になった。テロがもたらした物語でこんな気持になるのは異例のことだ。 パリに暮らす二十四歳の青年ダヴィッド(バンサン・ラコスト)は同市内で起きた無差別テロで姉のサンドリーヌ(…

「長いお別れ」

エンドタイトルを目にしながら、「お父さん」(山崎努)のご冥福と「お母さん」(松原智恵子)、娘たち(竹内結子、蒼井優)とその家族のしあわせ、人生の充実を願っていた。 フィクションとわかっていても、そうした気持ちにさせるのはなんといっても中野量…

「僕たちのラストステージ」

一九二0年代後半から三十年代にかけて映画と舞台で人気を博した「ローレル&ハーディ」。チビで気弱なスタン・ローレルと、デブで怒りんぼのオリヴァー・ハーディによるチームは日本でも「極楽コンビ」の名前で親しまれた。 劇場を、映画館を満員満席にした…

「記者たち 衝撃と畏怖の真実」~「バイス」

二00二年一月二十九日ジョージ・W・ブッシュ米大統領は一般教書演説で「イラクが大量破壊兵器を保有し、テロを支援している」と糾弾し、翌年三月アメリカはイラクとの開戦に踏み切った。 このときウォーターゲート事件の調査・報道でニクソン大統領を追い…

「ビリーブ 未来への大逆転」

古代ローマにおけるグラディエイターどうしの命を賭けた戦いや猛獣との死闘は映画のなかではともかく、現実となるとたまったものじゃない。格闘を格闘技というスポーツとしたのは人類の大きな進歩だった。 ついでに?権力闘争を票数の競い合いに、正邪の判定…

「マイ・ブックショップ」

一九五九年イギリスのある海岸沿いの小さな町に、戦争で夫を亡くした一人の女性が書店を開く。本屋が一軒もないこの町で開業するのは彼女、フローレンス・グリーン(エミリー・モーティマー)と亡き夫との夢だった。 フローレンスは長いあいだ放置されていた…

「サッドヒルを掘り返せ」

和歌の世界では、有名な古歌(本歌)の一句もしくは二句を自作に取り入れて作歌を行う本歌取りという方法がある。 意図的なものかどうか知らないが「大きな古時計」と「LET IT BE」はおなじコード進行なのだそうだ。ジャズの世界ではある曲のコード進行を借…

「グリーンブック」

「七人の侍」では百姓たちが村を守るために侍を雇った。 「グリーンブック」では黒人がイタリア系の白人を運転手兼ガードマンとして雇う。 どちらも逆転の発想のドラマづくりだが、「七人の侍」の百姓と侍の人物造型が日本人のかねてより抱いていたイメージ…

「運び屋」

デイリリーという高級ユリの栽培に打ち込み、その世界では名の知られる存在になったのはよかったが、娘の婚礼にも出席しないほどに家庭を顧みず、けっきょく妻子と別れて暮らすはめになった男アール・ストーン(クリント・イーストウッド)がインターネット…

「THE GUILTY ギルティ」

小津安二郎が天才と評した清水宏は、男と女と乗物があれば映画はできると語ったという。「有りがたうさん」のニックネームで親しまれているバス運転手と、なにか複雑な事情のありそうな女、売られてゆく娘とその母親、東京帰りの村人などの乗客やすれ違う人…

「天才作家の妻 40年目の真実」

ノーベル文学賞の候補に何度かあがっていたジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)がようやく念願の受賞者に決まり、妻のジョーン(グレン・クローズ)と息子で作家のデビッド(マックス・アイアンズ)を伴い授賞式が行われるストックホルムを訪…

『クリード 炎の宿敵』

一九七六年に公開され大ヒットした「ロッキー」は以後シリーズ化され、一九九0年の第五作「ロッキー5/最後のドラマ」で打ち止めといわれたが、おどろいたことに十六年経った二00六年に「ロッキー・ザ・ファイナル」が、そうして二0一五年にはスピンオフ…

「日日是好日」

小津安二郎は、物語じゃなくて随筆みたいなものを映画にしたいとよく語っていたそうだ。「おれは黒澤明君みたいにオクターブは高くない」とも。 オクターブの高い波乱万丈の物語を語る映画と、ありきたりのドラマティックは追及せず、日常生活のなかで生じた…

「LBJケネディの意志を継いだ男」

一九六三年十一月二十二日金曜日、現地時間十二時三十分、第三十五代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディはテキサス州ダラス市内をパレード中に狙撃され、死亡した。 事件の一報が日本に届いたのは十一月二十三日午前四時ごろで、この日、日米間初の衛…

「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」

二0一四年、米国留学への条件となる大学進学適性試験(SAT)で、予備校主導のもと中国と韓国の学生多数によるカンニング事件が発覚した。そしてこれに注目したタイの映画人が事件を素材に製作した「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」は犯罪サスペンス劇…

「英国総督 最後の家」

一九四七年、イギリスは長年植民地として支配してきたインドの独立を承認した。その背景には植民地解放という国際政治の潮流と、第二次世界大戦で国力の疲弊した戦勝国イギリスの現実があった。こうしたなか、独立に向けて円滑な主権の譲渡を行う最後のイギ…

「判決、ふたつの希望」

ときは現代、ところはレバノン共和国の首都ベイルート。 自動車修理工のトニー(アデル・カラム)がベランダで水撒きをしていると戸外の排水管から水が漏れ、路上で作業中だった現場監督のヤセール(カメル・エル=バシャ)にかかってしまう。 ヤセールは配…

「カメラを止めるな!」

金がないなら知恵を出せ、などと野暮をいう高慢横柄は困ったものだが、金がないのでよい映画が撮れないなどと口にする人はもっといやだ。 「カメラを止めるな!」はそんな議論を軽やかに吹き飛ばす超低予算のオモシロ映画、創意工夫と爽やかで熱い心意気がい…

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブはアメリカのギタリスト、ライ・クーダーがキューバの、国外ではほとんど知られることのなかったベテラン・ミュージシャンとセッションしたのを機に結成されたビッグバンドだ。 これが一九九六年、翌年リリースされたアルバ…

「ワンダー 君は太陽」

トリーチャーコリンズ症候群は極端に垂れ下がった目、下顎短小症、伝音難聴、頬骨の不形成、下眼瞼側面下垂、耳の奇形化または不形成等として現れる、平均して新生児の一万人に一人の割合で見られ、そのほとんどは遺伝子の突然変異による、といったことをわ…