映画をめぐる閑談

「ワンダー 君は太陽」

トリーチャーコリンズ症候群は極端に垂れ下がった目、下顎短小症、伝音難聴、頬骨の不形成、下眼瞼側面下垂、耳の奇形化または不形成等として現れる、平均して新生児の一万人に一人の割合で見られ、そのほとんどは遺伝子の突然変異による、といったことをわ…

「空飛ぶタイヤ」

走行中の運送会社のトラックから突然タイヤが外れて、歩道を幼子といっしょにあるいていた主婦に当たり、死亡させてしまう。車輛を製造したホープ自動車の調査で事故を起こしたトラックは整備不良とされ、運送会社は激しい非難にさらされるとともに倒産の危…

「ファントム・スレッド」

優れた映画は多義的な解読を積極的に受け入れる。「仁義なき戦い」がアクション映画としても喜劇映画としても優れていたように。そして「ファントム・スレッド」はサスペンス映画としても、(奇妙な)愛の映画としてもまことに充実したものだった。公開、即…

「サバービコン 仮面を被った街」

一九五0年代、アメリカンドリームを絵に描いたような街サバービコンに暮らすロッジ家に、ある日強盗が押し入り、これをきっかけに一家の生活は大きく変わる。ときをおなじくしてこれまで皆無だった黒人の家族が引っ越してきて、かれらを追放しようとする機…

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

一九九一年全米フィギュアスケート選手権でトーニャ・ハーディングはアメリカ人としてはじめてトリプルアクセルを成功させた。翌年のアルベールビル五輪では四位に終わったが、選手生活としては順風満帆だった。 それが暗転したのが九四年のリレハンメル五輪…

「ラッキー」

ハリー・ディーン・スタントンが「パリ、テキサス」で主役を務めたのは五十八歳のときだった。個性派俳優の記念碑的作品となったこの映画から三十余年、かれは「ラッキー」を遺作として二0一七年九月十五日、老衰のため九十一歳で亡くなった。 遺作はスタン…

「ちはやふる−結び−」

「ちはやふる−上の句−」「ちはやふる−下の句−」で瑞沢高校競技かるた部の一年生だった綾瀬千早(広瀬すず)が三年生になってスクリーンに帰ってきた。おなじく進級した真島太一(野村周平)、綿谷新(新田真剣佑)、大江奏(上白石萌音)たちとともに。 千早…

「スリー・ビルボード」

ミズーリ州エビングという架空の田舎町。 何者かに強姦、殺害された娘の母親ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)が、犯人が捕まらないのに業を煮やし、町はずれにある長年広告主もないまま放置されている三枚の巨大な看板を借り受け、「レイプされて…

「デトロイト」

一九六七年七月二十三日から二十七日にかけてアメリカ合衆国ミシガン州デトロイトで起きた暴動は州兵組織の動員を要した大規模なもので、死者四十三人、負傷者一一八九人、逮捕者七二00人を数えた。白人優位の社会のなかで繰り返されてきた黒人に対する警…

「ベロニカとの記憶」

先日、朝の寝床で村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫)を読み終え、夕方から銀座の映画館で「ベロニカとの記憶」をみた。このまえ村上春樹の小説を読んだのは『ノルウェイの森』それとも『ダンス・ダンス・ダンス』だったか。…

「バーフバリ 王の凱旋」

年甲斐もなく血潮が滾った。ギリシア悲劇と超絶活劇との極上の合体それともギリシア悲劇を昇華させた超絶活劇というべきか。いずれにせよこのインド映画はそれをゲージュツ関係おまへんの波乱万丈エンターティメントの追求とハッピーなミュージカルのノリで…

「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」

プラハ市立フィルハーモニー管弦楽団の演奏する「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」が流れるなか、先日ハリウッドを追放されたセクハラ大物プロデューサーを思わせる悪辣富豪のサロカ男爵(ジェームズ・ピュアホイ)と、美貌と才能を具えた歌手スザ…

「密偵」

諜報戦をめぐる出色の韓国映画であり、将来にわたりスパイスリラー映画史上の選り抜きの作品となるだろう。「韓国750万人動員の大ヒット作!」と謳われているのも当然である。 一九二0年代、日本統治下の京城。武装独立運動団体の義烈団が朝鮮総督府の爆破…

「ノクターナル・アニマルズ」

大学院生のとき結婚して二年で離婚し、二十年が経つスーザン(エイミー・アダムス)のもとに、別れた夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から『ノクターナル・アニマルズ(夜の野獣たち)』というゲラ刷りの小説が送られてくる。 いま彼女は美術史を専攻…

「女神の見えざる手」

米国のロビー活動と諜報戦を巧みに組み合わせたスリリングな物語だ。 マキャベリストのキャリアウーマンを軸に銃規制法案をめぐる攻防を描いた脚本を執筆したのはジョナサン・ベレラ、脚本術を独学で学んだ元弁護士で、本作がはじめての作品というからおどろ…

「ドリーム」

アメリカ合衆国初の有人宇宙飛行計画、マーキュリー計画でジョン・グレン飛行士が地球を三周したのは一九六二年二月のことだった。「ドリーム」はこの事業の成功に貢献した三人の黒人女性〜キャサリン・ジョンソン、ドロシー・ボーン、メアリー・ジャクソン…

「セールスマン」

この映画を撮ったアスガー・ファルハディ監督はトランプ大統領の発した母国イランを含む特定七カ国からの入国制限の大統領令に抗議して、本年度アカデミー賞授賞式をボイコットした。その授賞式で本作品はアカデミー外国語映画賞に輝いた。前作「別離」に続…

「三度目の殺人」

とくにジャンルにこだわっているのではないけれど、ここではミステリーのファンとして讃えたい。 「三度目の殺人」はミステリー映画史上の傑作である、と。 解雇された工場の社長を殺害したうえ死体を焼却した容疑で起訴された男がいる。三隅(役所広司)と…

「新感染 ファイナルエクスプレス」

ゾンビものには食指が動かない。腐った死体が歩き回るなんてバッチイし、お金と時間をかける気が起こらない。ところが韓国映画「新感染 ファイナルエクスプレス」の評判がたいへんよくて、さすがのわたしもそうはいっていられず新宿の映画館へ足を運んだ。結…

「ハクソー・リッジ」

少年時代、煉瓦で兄をひどく殴打した経験から「汝、殺すなかれ」を信念として従軍した男は、戦後多くの人命を救った功績により非武装兵士としてはじめて名誉勲章を受章した。 メル・ギブソン十年ぶりの監督作品はこの男の体験に即したもので、同監督がどうし…

「ハイドリヒを撃て!」

プラハでナチス高官ラインハルト・ハイドリヒの暗殺事件があったのは一九四二年五月二十七日のことだった。ハイドリヒは親衛隊大将またベーメン・メーレン保護領(チェコ)総督代理そして「ユダヤ人問題の最終的解決」の実質的な推進者で、その冷酷さから「…

「夜明けの祈り」

アウシュビッツ収容所をはじめポーランドの強制収容所の多くはソ連軍により接収され、囚人たちは解放された。そのいっぽうでは統制の保てない兵士による蛮行が頻発した。スターリンはポーランドにたいし領土の野心を隠さなかったから、そのことも影響してい…

「20センチュリー・ウーマン」

一九七九年のサンタバーバラを舞台として描かれた母と息子とその周囲にいる人々のひと夏の経験。 マイク・ミルズ監督は前作「人生はビギナーズ」で七十五歳でゲイであることを告白した父親を、今回は自由で独立心旺盛な母親をモデルとした。ともに自伝的要素…

「ヒトラーへの285枚の葉書」

一九四0年六月、ベルリンはフランスへの勝利に沸き返っていた。とはいえ戦争だから勝者にも犠牲者は出る。陶酔と喧噪のなか職工のオットー(ブレンダン・グリーン)と妻アンナ(エマ・トンプソン)のもとに最愛の息子ハンスが戦死したとの報せが届く。 訃報…

「ボンジュール、アン」

映画プロデューサーのマイケル(アレック・ボールドウィン)は仕事ばかりで家庭には無頓着、妻アン(ダイアン・レイン)は娘の大学進学を機に子育て後の新しいライフステージのありかたを模索している。そうした折り、彼女はひょんなことからマイケルの仕事…

「わたしは、ダニエル・ブレイク」

イングランド北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)は心臓を患い、医者から仕事を止められ、国の補助を受けようとしたが行政の不親切と複雑な制度のためにどうしてよいか困惑するばかりだ。 補助の申請にお役所を訪…

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

第一感は直球勝負の本格派投手のようなドラマ、だった。つぎに、本格派投手の前に類まれな、と加えなくてはと思った。 類まれなのなかにはマンチェスター・バイ・ザ・シーという町の美しく引き締まった映像の成分が多分にある。冬の町の凍てついた風景は人々…

「フリー・ファイヤー」

その昔、関西を本拠とする大暴力団が分裂して衝突を繰り返していたころ、ある飲み屋で、かたぎのおじさんたちが抗争ネタを話題にしているうちに、なかの一人が、どこかひとところに連中を集めてドンパチやらせたらよい、そのほうが市民に迷惑がかからない、…

「おとなの事情」

背広のポケットにそのままにしてあったラブホテルのマッチを偶然に奥様が目にしたとき、大兄(これを読んでいる男のあなた)はどうやって解決を図りますか。苦しいねえ。幸か不幸かそんな経験をもたないわたしには収拾策など考えられません。 マッチをスマー…

「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」

すこし前のこと、ある酒席でSMAPの解散のことが話題になり、小生、その歌の一つも知らず、聞いたこともないと口にしたところ、某民放のディレクターから「そんな人は日本で野町さんだけでしょうね」とのお言葉を頂戴した。山口百恵が引退したあたりから以降…