映画をめぐる閑談

「孤狼の血 LEVEL2」

前作「孤狼の血」は広島県の架空都市である呉原市でやくざの抗争を収束し、秩序を回復しようとして裏社会に深く食い込んだ刑事の物語でした。 刑事は対立する二つの暴力集団の調停を図ろうとしますが、警察内部の陰謀もあって上手くゆかず、組同士の攻防に巻…

「モロッコ、彼女たちの朝」

日本ではじめて公開されるモロッコ発の長編劇映画と聞いてさっそく駆けつけました。 あのリックとイルザの物語はすべてセットで撮影されていますが、舞台となったカサブランカがわたしにとって映画の聖地であることに変わりはありません。それに二0一四年に…

「返校 言葉の消えた日」

二0一七年に発売され台湾で大ヒットしたホラーゲーム「返校」を実写映画化した作品だそうですが、わたしはその種のゲームとはまったく無縁ですので、とりあえずリアリズムで物語を整理してみます。 国民党独裁のもと、戒厳令が敷かれ、白色テロが横行してい…

「一秒先の彼女」

爽やかで心暖まる台湾発のロマンティック・コメディです。 映画館では彼女が笑った一秒あとにほかのお客さんが笑いだす。写真を撮るときのチーズ!も一瞬彼女が早くてみんなとテンポが合わない。小さい頃からちょっぴりズレていたシャオチー(リー・ペイユー…

「逃げた女」

女は結婚して五年、そのかん一度も離れたことのなかった夫がはじめて出張となり、彼女はソウル郊外にいる女ともだちを訪ねます。面倒見のよかった先輩は離婚していまは親しい女性といっしょに生活してい、もう一人の先輩は高収入で気楽な独身生活を楽しんで…

「HOKUSAI」

緊急事態宣言で営業を休止していた東京の映画館が制限つきながら六月一日から再開し、久しぶりに劇場で映画をみました。 「HOKUSAI」は葛飾北斎(1760-1849)の人生の四つのシーンを章立てとした、小説でいえば短篇連作の映画です。青壮年期を柳楽優弥、老年…

「デンジャラス・ライ」

緊急事態宣言のなか、つれづれなるままに「デンジャラス・ライ」(Netflix)という聞いたことのない(もちろん見たこともね)映画をみました。デンゼル・ワシントンの「デンジャラス・ラン」じゃないですよ、念のため。 チョイスしたのは、貧困にあえぐ介護…

アンクレット

新型コロナ感染症禍のなか、東京在住の高齢者はおのずと自宅で映画、TVドラマをみることが多くなり、先日もNHKBSPで放送のあった「深夜の告白」を鑑賞したことでした。 ビリー・ワイルダー監督とシナリオ担当のレイモンド・チャンドラーが組んだノワール好き…

「すばらしき世界」

現代の日本映画にたいするわたしの不満の最たるものは、感情の昂りとともに大声をあげ、どなり、わめく、そうしたシーンの多いことにあります。ある役者さんなど予告編でお会いするたびにどなりまくっている。その方を批判しているのではなく、感情の昂りを…

「この世界に残されて」

映画が終わったとき、腰を上げたくない、上げられない、いま少しこの世界に残されていたい気持になりました。そのあと喫茶店で珈琲を前に、未熟でも何かひとこと寄せたい、けれどハンガリーの現代史を背景とする複雑な愛のありようを言葉でかたちとして表す…

「燃ゆる女の肖像」

鏑木清方、小村雪岱、木村荘八、和田誠、安西水丸など画家、イラストレーターには文筆家を兼ねる方が多い。描く対象への観察を重ねるうちに観察力が磨かれ、それが文章にも活かされるからでしょう。「燃ゆる女の肖像」の画家マリアンヌ(ノエミ・メルラン)…

「薬の神じゃない」

難病映画は苦手です。死を意識した悲しい物語は避けておくのが無難です。それなのに白血病を扱った「薬の神じゃない」に足を運んだのは傑作「ダラス・バイヤーズクラブ」の中国版と評価する向きがあると小耳に挟んだからにほかなりません。 なお「ダラス・バ…

「ある画家の数奇な運命」

題名にある「数奇」は、画家志望の青年が恋し、愛し、結婚した女性の父親が、青年の幼いころ可愛がってくれた叔母を心を病む者として隔離し、死に追いやったナチスの高官だったことを指しています。 東ドイツで育ち青年となったクルト(トム・シリング)は社…

「鵞鳥湖の夜」

若いころから身近の大事やむつかしい話には関わりたくない、できるだけ避けたい、というよりも逃げてしまいたい気持の強い人間でした。そのうえこれじゃいけない、現実逃避から抜け出さなければなんて思ってもみませんでした。できれば仕事からも早く逃れた…

「オフィシャル・シークレット」

映画のもととなったのはイラク戦争を前に米英側の暗部をリークしたキャサリン・ガンの事件、その再現にしっかり努めた作品です。わたしは事件を知らなかったために興味関心、ことの行方を追う度合は増し、スクリーンに見入っていました。何がさいわいするか…

「ファヒム パリが見た奇跡」

難民問題とチェスを上手に組み合わせた社会派エンターテインメント作品です。もっともその前にモデルとなったチェス選手ファヒム・モハマンドの実話を見いだしたところでこの映画の成功はなかば約束されていた気もします。あとはゲージュツなどに色気を出さ…

「ジョーンの秘密」

夫に先立たれ、仕事からは引退し、イギリス郊外でつつましく一人暮らしをしているジョーン・スタンリーが突然訪ねてきたMI5に、半世紀以上前にソ連のKGBに核開発の機密情報を漏洩したという容疑で逮捕されます。二000年五月のことで、外務事務次官のW・ミ…

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」

新型コロナウイルスは高齢者に厳しいから緊急事態宣言が解除されてからも映画館へ行くのは控えていたのですがウディ・アレン監督の新作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」が公開されたと聞くとそうとばかりはしていられず四か月ぶりに映画館へ足を運びま…

レジスタンスとコリンヌ〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ七)

コリンヌ・リュシェールは戦時中ナチス高官の愛人だったとされ、戦後市民権剥奪十年の判決を言い渡された。対独協力者の娘、「ナチの高級売春婦」の反対側にあったのはナチス占領下におけるフランスのレジスタンスだった。 そこでは、イギリスからド・ゴール…

「最後の曲り角」についてのノート〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ六)

ジェームズ・M・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は一九三四年に出版されて以降、一説によるとこれまで七回映画化されたそうだが、なかでわたしが知っているのは以下の四作品だ。 1 一九三九年ピェール・シュナール監督、フェルナン・グラベ、コリンヌ…

「格子なき牢獄」〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ五)        

わたしがはじめて「格子なき牢獄」をみたのはNHK教育テレビ「世界名画劇場」での放送だった。おそらく一九七七年一月に遠藤周作がゲスト出演したときの番組だったと思われるが、遠藤周作と吉田喜重が対談していた記憶はまったくないからあるいは別の日の…

戦時の若者たちとコリンヌ〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ四)

第二次世界大戦後、コリンヌ・リュシェールとナチスとのかかわりは日本にも伝えられた。ところがフランスやアメリカとはちがってこの国では忌まわしい女優とはならなかった、少なくとも忌まわしさの一色には染まらなかった。 『コリンヌはなぜ死んだか』にあ…

「ナチの高級売春婦」の実像~コリンヌ・リュシェール断章(其ノ三)

「嘗て、その美しさと特権によって、ドイツ占領者たちに讃美され、喝采をあびてきたフランス女優ーナチの高級売春婦・カリン・ルチア(コリンヌ・リュシェールの英語読み)は(中略)いまや“国家侮辱犯”として、判決を受けることとなった」 「一九三九年、彼…

「忌まわしい女優」の生涯~コリンヌ・リュシェール断章(其ノ二)

コリンヌ・リュシェールの生涯について「別冊太陽・フランス女優」(平凡社、1986年)をもとにたどってみる。 一九二一年二月十一日パリで生まれる。中等教育を三年で止め、俳優、映画監督のレイモン・ルーローから演技を学び、十六歳で舞台にデビューした。…

「紀元二千六百年の美貌はコリンヌ・リュシェールから!」〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ一)

一九三八年にフランスで製作されヒットした映画「格子なき牢獄」が日本で公開されたのは翌三九年十二月だった。この作品はわが国でもヒットし、主演の新人女優コリンヌ・リュシェールにたいする注目が社会現象となるほどの広がりをみせた。 詩人の堀口大學は…

「レ・ミゼラブル」

ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』で、ジャン・ヴァルジャンはモントルイユにある彼の工場で働いていた女工が売春婦となり、病に倒れたのを知り、他家に預けてある彼女の娘を連れ帰ろうとする。ヴァルジャンは娘のいるモンフェルメイユに赴くところで、…

「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」

もう商売をやめて店を畳もうかと思案する孤独な老美術商オラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)がある日のオークションで惹かれた一枚の肖像画。画家のサインはなく、モデルがだれかもわからないから商品としてはリスキーすぎるが、魅力には抗しがたくあきら…

「ジュディ 虹の彼方に」

「オズの魔法使い」(一九三九年)やミッキー・ルーニーとのコンビでミュージカル映画に出演していたころの回想とともに描かれたジュディ・ガーランドの晩年、ロンドンでの日々。 彼女が四十七歳で歿したのは一九六九年六月二十二日、当時大学一年だったわた…

「黒い司法 0%からの奇跡」

ハーパー・リーの自伝的小説『アラバマ物語』は一九六0年に発表され、翌年ピューリツア賞を受賞、その翌年には映画化され、原作、映画ともに大きな話題を呼んだ。映画のほうもアカデミー賞主演男優賞(グレゴリー・ペック)脚色賞、美術賞に輝いた。 厳しい…

「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

ニューヨーク郊外の館でベストセラー作家にして巨大出版社のオーナー、ハーラン・スロンビーの八十五歳の誕生日が祝われ、翌朝、ハーランが書斎で喉を切り裂かれて死んでいるのが見つかった。警察は自殺と考えていたが、そこへ私立探偵のブノワ・ブランが匿…