評判に違わない無類のおもしろ映画に目を凝らした百三十分でした。
キム一家は両親と、大学進学が叶わない息子と娘の四人全員が失業中で、アルバイトや内職でその日暮らしの生活を送っている。そんなある日、息子ギウが友人の紹介で富裕層のパク家の娘の家庭教師に雇われる。友人というのは留学が決まった大学生で、ギウに大学生を装わせ、家庭教師の後任としてパクの家に推薦してくれたのだった。
IT企業のCEOである家庭にはいりこんだ偽大学生の家庭教師は、無防備でのんきな奥様に妹ギジョンを美術と児童心理に詳しい研究者として紹介し、小学生で情緒不安定な息子の家庭教師に就ける。さらに兄妹は手練手管を弄してパク家の運転手と家政婦を解雇させ、両親を後釜に据える。
こうして職を得た四人は赤の他人を演じながらパク家を踏み台にして貧乏な暮らしから抜け出す策をめぐらせる。と、まあここまでは新聞や雑誌で知っていたのですが、このあとの展開には茫然唖然となってしまいました。
丘の上の明るく広い邸宅に暮らす上流の家族と対照的に、暗く狭い地下で暮らす下層の家族。映画の終盤でふたつの家族が生活するこの地域を災害レベルの豪雨が襲います。冠水した道路、逆流するトイレ、道より下、つまり半地下の家はひとたまりもなく、いっぽうで高台の豪邸は雨による被害などまったく関係しません。
とはいってもパク家は「半地下」であって「完全地下」ではありません。「完全地下」というホームレス状態だと家庭教師のアルバイトの話は不自然ですから別の物語になっていたでしょう。丘の上の富裕層がせいぜい接するのは「半地下」までで「完全地下」は視野の外にある異界に過ぎません。その点で「半地下」という設定は富裕層と「完全地下」とのあいだにあって、格差社会を捉えるのに絶好のポジションだったように思われます。
こうして「完全地下」となる危険を抱えながら「半地下」の家族が、ここから抜け出すには丘の上の豪邸へのパラサイトと乗っ取りの道しかないと見極めをつけたところから思わぬ展開が待っているのでした。
「殺人の追憶」「母なる証明」などポン・ジュノ監督の作劇術には定評のあることはいまさら言うまでもないのですが、それでもあらためて、今回の富裕層と貧困層の分断をベースにしたブラックなコメディには感嘆、舌を巻きました。
ソン・ガンホはじめ好演の役者陣のなかで解雇される家政婦役イ・ジョンウンという女優さんの印象が強く残りました。
(一月十四日TOHOシネマズ上野)
祝 2020アカデミー賞 作品賞・監督賞・脚本賞・長編国際映画賞4冠
(二月十一日追記)