「新聞記者」

むかし、ウォーターゲート事件を扱った「大統領の陰謀」をみて、権力に遠慮、迎合しないアメリカ映画界の強さに感心した。近くは、米国における聖職者による性的虐待を扱った「スポットライト」や、9・11後のアメリカをイラク戦争へと導いたとされるディック・チェイニー元副大統領を描いた「バイス」のときもおなじ気持だった。

「新聞記者」(藤井道人監督)からそれらのことを思い出した。近年の日本の政治過程、とくに大学の設置をめぐる問題を踏まえた出色の政治スリラーであり、政治の裏側での情報合戦もよく描かれている。まずは製作陣に賛辞を呈するとともに、その心意気を讃えたい。

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東都新聞の記者、吉岡エリカ(シム・ウンギョン)のもとに、医療系大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届く。日本人でジャーナリストだった父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、誤報をめぐる悩みから自殺した父の志を継ぎ記者となった彼女は、真相を突き止めるべく調査をはじめる。

おなじころ外務省から内閣情報調査室に出向している杉原(松坂桃李)に、北京大使館でともに働いた、尊敬するかつての上司、神崎から電話があり、二人は旧交を温めたのだったが、数日後、神崎はビルから飛び降り自殺をしてしまう。神崎も外務省から内閣府に異動させられていて、転出先では医療系大学の新設計画を担当していた。

内閣情報調査室では「われわれは日本の政治の安定のため現政権に忠誠を尽くすべきだ」と広言してはばからない上司の下で、報道をコントロールする任務に疑問を覚えながら従事する杉原と、医療系大学新設計画の真相を究明しようとする吉岡記者とが神崎の自死を媒介として出会う日が近づきつつあった。

「われわれは日本の政治の安定のため現政権に忠誠を尽くすべきだ」「日本の民主主義はかたちだけでいいんだよ」。内閣調査室の幹部職員が発する言葉が不気味で、スパイスが効いている。この人物に配したのが外務省から出向の杉原というのは、杉原千畝を意識しているのだろうか?

以下、ネタバレご注意。

原案を提出したのは菅義偉官房長官への積極的な取材姿勢が話題となっている東京新聞の望月衣塑子記者で、もとの素材がどうなっているかは不明だが、問題は結末のつけ方で、賛否両論あると思われるけれど、わたしは否定的だ。

説明責任を果たしていないと現政権を批判するジャーナリストが差し出した物語が、あとはご想像におまかせしますというのは、それこそ説明責任を欠いている。日本の政治とジャーナリズムの現状を考えるとここまでが精いっぱいというのはわからないでもないが、説明責任をめぐる皮肉、ブラックユーモアとして苦笑する気にはなれない。

(六月二十八日 角川シネマ有楽町