冒頭のキャプションには、ほとんど実話を素材にしているとあったけれど、それよりも、よくできた大人のメルヘンとして楽しく鑑賞しました。
フォレスト・タッカーは一九八0年代初頭からアメリカ各地で銀行強盗を繰り返したうえ逮捕と脱獄を十数回重ねた筋金入りのアウトローだが、押し入った銀行では温和な笑みを浮かべながら行員に接し、冷静沈着にカネを奪ったという。
実在の人物にロバート・レッドフォード演じるフォレスト・タッカーがどれほど迫っていたか、なんて問題はお呼びでないと思いますね、大人のメルヘンには。なにしろ銀行強盗を重ねながら発砲もしなければ暴力も振るわない紳士的で風変わりな犯行スタイルを貫いた男について被害に遭った銀行員たちが「紳士的だった」「おだやかそうな人だった」と語るのだから。
デビッド・ロウリー監督もリアリティの度合は意識になかっただろう。
「きみだったら(強盗なんかしなくても)もっと楽に生きられるだろう」
「楽に生きるのじゃなくて楽しく生きたいんだ」
強盗とともに、かれには偶然知り合った年配の女性ジュエル(シシー・スペイセク)との楽しい交際もある。老境にある男と女の茶飲み友だちのように映る淡い恋だ。
しかし女は男の犯罪を知らない。男が逮捕されて驚きはするが「お務め」を終えた後に女は男を自宅に迎えるのだった。
ジュエルからすると、あなたのような強盗が、どうしてそんなに紳士的で優しくなれるの、といった気持だっただろう。「さらば愛しき」の邦題(原題The Old Man & the Gun)はどうしてもフィリップ・マーロウを意識させる。そこでマーロウが銀行強盗に変身すればこのタッカーとなる気がした。
追手のジョン・ハント刑事(ケーシー・アフレック)がタッカーを追ううちに友情めいた親近感を抱く。それは『長いお別れ』のテリー・レノックスとマーロウを思わせる。とすればわたしがマーロウを連想したのもあながちこじつけとはいえないのではないかな。
アメリカ人に愛される続けるフィリップ・マーロウ。ロバート・レッドフォードは俳優を引退する本作でフォレスト・タッカーという名前のもうひとりのマーロウを見事に演じた。「明日に向かって撃て」や「スティング」を公開時にみた者として感慨を覚えながら、そう思った。
(七月十三日TOHOシネマズシャンテ)