「よこがお」

訪問看護師の市子(筒井真理子)は一年ほどまえから末期がん患者の大石塔子の看護のために大石家に通っている。堅実で献身的な仕事ぶりは訪問先でも職場でも厚く信頼されている。大石の家では看護にくわえ、介護福祉士をめざす長女の基子(市川実日子)の学習を扶けてもいた。

そんなある日、基子の妹で高校生のサキが誘拐される。数日後彼女は帰宅するが、犯人として逮捕されたのは市子の甥だった。

事件の波紋として市子は誘拐への関与を疑われ、疑惑が払拭されてからも「無実の加害者」としてマスコミの糾弾を受ける。

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事件、謎の論理的解明という観点からすると「よこがお」は捜査や裁判の描写を欠いていてもの足りない。しかしそれは深田晃司監督(脚本も)の意図した取捨であり、主軸は人間存在の危うさ、追い詰められる不安、崩壊感覚に置かれた。その結果としてこの映画はサスペンス感のあふれる出色のミステリー作品となった。謎の解明で取りこぼした損失をサスペンスが補填したしたどころか増収増益をもたらした感がある。

報道記事にある「無実の加害者」は邪悪な視角から見た彼女の一面すなわち「よこがお」だ。事件により市子と基子との関係は大きく揺らぐが、そこには市子の目に映った基子の「よこがお」の反対側の貌が介在している。

事件から数年経ち、甥が出所したいまリサと変名し、髪を変色させた市子は若い美容師(池松壮亮)とベッドで興じている。市子の「よこがお」の不安と崩落にリサの「よこがお」が被さる。

アルフレッド・ヒッチコック監督の名作「裏窓」のあの男は殺人を犯していないとの議論がある。とすると、妻を殺した男というのは、ある視角から見た「よこがお」であり、それはこの映画でマスコミの餌食となった市子に通じる。「よこがお」をめぐるドラマはミステリアスだ。

(七月三十一日角川シネマ有楽町