「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

ニューヨーク郊外の館でベストセラー作家にして巨大出版社のオーナー、ハーラン・スロンビーの八十五歳の誕生日が祝われ、翌朝、ハーランが書斎で喉を切り裂かれて死んでいるのが見つかった。警察は自殺と考えていたが、そこへ私立探偵のブノワ・ブランが匿名の人物から調査依頼を受けたと、ひょっこり現れた。

タイトルのナイブズ・アウトは、複数のナイフが出た状態で、みなさんいずれも怪しく、謎だらけ、第一容疑者という意味になる。ミステリーの世界での富豪の殺人事件の多くはその家族、係累が家長の富豪に頼って生活していて、殺しの動機は遺産をめぐる争いであり、それに家政婦や看護師が絡む。本作もその定石にしたがっているが、特異なのは嘘をつくと嘔吐するため真実しか語れない看護師の存在で、彼女には「おっ!」でした。ミステリーの歴史に彼女のようなキャラクターはいたかしら?それと彼女は南米移民の娘で、家庭は移民問題と貧困を抱えていて現在の米国を映す社会派の趣きも。

といったしだいで、黄金期英国ミステリーに新しい味がくわわった雰囲気にどっぷり浸かった二時間余でした。「オリエント急行殺人事件」(1974年)や「ナイル殺人事件」(1978年)がそうだったように本作もダニエル・クレイグ、クリス・エバンス、クリストファー・プラマーなどなど豪華キャストが配されているのがうれしい。ライアン・ジョンソン監督、やってくれました。

ま、アガサ・クリスティや「刑事コロンボ」のファンには堪えられないでしょう。

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以下不粋なことながら。

スクリーンの、家長に頼りきった生活力のない面々をみながらふと「売家と唐様で書く三代目」という江戸川柳が浮かびました。初代が苦心して財産を残しても三代目にもなると没落し、家を売りに出すようになるが売り家札の筆跡は唐様でしゃれていて、商いではなく遊芸の人が輩出するというわけです。

されど現実は階級社会の流動性の度合は高くなく、帰宅してニュースをみると国会では三代目とおぼしき政治家(遊芸の方?)があちらこちらにいらっしゃって、その代表格が、桜を見る会をめぐり、さほどおしゃれとは思われない唐様の答弁をなさっていました。

(二月一日TOHOシネマズ日比谷)