2017-01-01から1年間の記事一覧

『あのころ、早稲田で』

著者の中野翠さんは一九四六年生まれ、埼玉県立浦和第一女子高を経て一九六五年四月早稲田大学第一政経学部経済学科(当時は夜間部の第二政経学部があった)に入学、六九年三月同校を卒業した。「あのころ」とはそのころを指している。 中野さんの同級および…

「わたしは、ダニエル・ブレイク」

イングランド北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)は心臓を患い、医者から仕事を止められ、国の補助を受けようとしたが行政の不親切と複雑な制度のためにどうしてよいか困惑するばかりだ。 補助の申請にお役所を訪…

タイへ(2017夏タイ 其ノ一)

六月二十四日から二十八日まではじめてタイへ行ってきました。成田を発ってバンコク(ドンムアン)へ。訪れたのはバンコクとアユタヤの二つの都市。観光地ではアユタヤ歴史公園(ワット・プラシーサンペット、ワット・ローカヤスターラームなどの寺院跡、王…

「鰯雲」と「鰊雲」

六月三日の毎日新聞が、受動喫煙対策強化を目的とするいわゆる「原則禁煙法案」の提出が今国会では見送られると報じていた。厚生労働省と自民党の方針に隔たりがあり、会期が延長されたとしても法案提出すら極めて厳しい状況にあるという。なんとかという厚…

「白貂を抱く貴婦人」〜「シンドラーのリスト」に思う(其ノ四)

レオナルド・ダ・ヴィンチの作品のうち一人の女性を描いた肖像画は「モナ・リザ」「ミラノの貴婦人の肖像」「シネーヴラ・デ・ベンチの肖像」「白貂を抱く貴婦人」の四点が現存していて、なかで「白貂を抱く貴婦人」はクラクフの美術館に展示されている。モ…

生き延びるために〜「シンドラーのリスト」に思う(其ノ三)

クラクフを訪れるのに先立ちヴィエリチカ岩塩坑に寄った。世界最古の歴史をもつ塩の採掘場であり、産出される岩塩は国家の重要な収入源のひとつとなっており、いまも生産が続けられている。坑道の長さはおよそ300km、最深部は327mに達する巨大採鉱場だ。 創…

「一人の人間を救う者は、全世界を救う」〜「シンドラーのリスト」に思う(其ノ二)

ガラス越しに撮った写真だからわかりにくいが、よく見ると大量のメガネであるのがおわかりいただけるだろう。アウシュビッツ収容所で撮った写真で、ナチスがユダヤ人から略奪したものだ。 トマス・キニーリー『シンドラーズ・リスト』に「ヨーロッパ中のユダ…

クラクフで〜「シンドラーのリスト」に思う(其ノ一)

オスカー・シンドラーの工場があったクラクフはポーランドの産業、文化の主要な中心であり、十七世紀はじめワルシャワに遷都するまではポーランド王国の首都だった。 ことしの一月にポーランドを旅したとき、現地のガイドさんが、美しい古都の魅力にナチスは…

『救出への道 シンドラーのリスト・真実の歴史』

ドイツ人実業家オスカー・シンドラーは強制収容所にいた千二百人を数えるユダヤ人を自身の工場に雇用することでナチスの虐殺から救った人物として知られる。 一九四五年五月その努力がドイツの無条件降伏決定によりようやく実を結んだときシンドラーは囚人た…

六義園散策

上野の喫茶店へ行くのに不忍池を通る。桜の季節は人出が多く、弁天堂の参道を抜けるのにひと苦労だ。先年ポケモンGOが登場したときもしばらくは同様もしくはそれ以上の人出で、はじめ弁天堂の社務所は境内でのしかるべきマナーを呼びかけたがさほどの効果は…

「心のにごり」(関東大震災の文学誌 其ノ十九)

「元暦二年のころ、大地震(おほなゐ)ふること侍りき。そのさまよのつねならず。山くづれて川を埋み、海かたぶきて陸をひたせり。土さけて水わきあがり、いはほわれて谷にまろび入り、なぎさこぐふねは浪にたゞよひ、道ゆく駒は足のたちどをまどはせり。い…

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

第一感は直球勝負の本格派投手のようなドラマ、だった。つぎに、本格派投手の前に類まれな、と加えなくてはと思った。 類まれなのなかにはマンチェスター・バイ・ザ・シーという町の美しく引き締まった映像の成分が多分にある。冬の町の凍てついた風景は人々…

時代を透視する力

ことしの一月ポーランドを旅したのを機に、この国とスターリニズムとの関連を知りたくてひさしぶりに林達夫「『旅順陥落』」(平凡社ライブラリー、初出は「新潮」一九五0年十月号)を読んだ。さいしょに読んだのは二十代のはじめで、それからいままで何度…

「カフェ・ソサエティ」

「ねぇ、ねぇ、このまえ『ミッドナイト・イン・パリ』でごいっしょしたきみたち、こんどは僕とあのころのハリウッドとニューヨークへ行ってみないか。おもしろい話があるんだよ」。 そんなウディ・アレンの親しい語りかけが聞こえてきそうな「カフェ・ソサエ…

「フリー・ファイヤー」

その昔、関西を本拠とする大暴力団が分裂して衝突を繰り返していたころ、ある飲み屋で、かたぎのおじさんたちが抗争ネタを話題にしているうちに、なかの一人が、どこかひとところに連中を集めてドンパチやらせたらよい、そのほうが市民に迷惑がかからない、…

寺田寅彦の観察力

ボブ・ディランという人がどれほど偉いのか知らないが、これまでのノーベル賞をめぐる対応を見ていると全然釈然としない。メダルは受けたというがどうして人並みに授賞式に出なかったのか理解できない。受賞条件である講演や公演を誠実に果たすのかも疑問で…

季語あれこれ〜『俳句世がたり』余話

小沢信男『俳句世がたり』を読んでいて幾度となく季語についての知見に興味をおぼえた。 たとえば夜学。夜間の定時制高校に勤務したことのある身なのにわたしは本書を読むまでこれが秋の季語と知らなかった。「夜学校は一年中のことながら、とりわけ勉学の灯…

『俳句世がたり』

ジョギングコースのひとつで谷中にある小沢信男氏のご自宅前を通る。 何度かアンソロジーでお目にかかっており、表札を眺めてそのうち単著も読んでみたいと願っていたのだがこれまで機会がなく、ようやく昨年末に岩波新書で刊行された『俳句世がたり』を通読…

ギリシャへ(2017春ギリシャ 其ノ一)

一週間ほどギリシャを旅してきた。成田空港からドーハ経由でアテネ空港へ。そうしてアテネ(パルテノン神殿、パナシナイコオリンピックスタジアム、新アクロポリス博物館等)、オシオスルカス(修道院)、アラホバ、デルフィ(古代遺跡)、カランバカ(メテ…

「おとなの事情」

背広のポケットにそのままにしてあったラブホテルのマッチを偶然に奥様が目にしたとき、大兄(これを読んでいる男のあなた)はどうやって解決を図りますか。苦しいねえ。幸か不幸かそんな経験をもたないわたしには収拾策など考えられません。 マッチをスマー…

雪崩

先月二十七日、栃木県那須町のスキー場で起きた雪崩事故で栃木県立大田原高校の登山部員七名と引率教員一名の八名が死亡した。当日は他校の生徒や先生方とともに茶臼岳(標高1915メートル)への往復を予定していたが天候が悪くて中止し、ラッセル訓練(深い…

上野谷中の花の梢

「上野谷中の花の梢又いつかはと心細し」。 元禄二年三月二十七日(新暦一六八九年五月十六日)松尾芭蕉は江戸深川にあった芭蕉の草庵、採荼庵(さいとあん)から船に乗り千住で上がり、前途三千里のおもいを胸に抱いた。『奥の細道』の旅の出立であり、その…

海外テレビドラマ雑感

吉川英治『三国志』に続いておなじ著者の代表作『鳴戸秘帖』を読んだ。これまで「なるとひちょう」と思い込んでいたが「なるとひじょう」とふりがながある。 物語は阿波、蜂須賀家と一部公家による尊王討幕のたくらみと内偵する幕府隠密の抗争を軸として展開…

あんぱんの春

三好達治に「あんぱんの葡萄の臍や春惜しむ」という句があるのを小沢信男『俳句世がたり』で知った。 あんぱんという季語について、本ブログ二0一三年四月十八日「あんパン」でわたしは「新しい年度を迎えたのを機に歳時記を見てみようと坪内稔典『季語集』…

「ラビング 愛という名の二人」

一九五0年代のバージニア州。レンガ職人のリチャード・ラビング(ジョエル・エドガートン)は恋人のミルドレッド(ルース・ネッガ)が妊娠したのを機に結婚を申し込み、彼女も受け入れた。愛しあう白人夫と黒人妻は幼なじみで、それぞれの家族にとっても自…

第96回新宿ー青梅かち歩き大会

三月十二日。昨年十一月に続き新宿―青梅43キロかち歩き大会に参加した。都庁前の新宿中央公園を8:30に出発。今回はとちゅう30キロ手前でみちづれとなった素敵な女性と話しているうちに、これから先は彼女のペースメーカーを務めようと決めると、彼女のほうも…

「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」

すこし前のこと、ある酒席でSMAPの解散のことが話題になり、小生、その歌の一つも知らず、聞いたこともないと口にしたところ、某民放のディレクターから「そんな人は日本で野町さんだけでしょうね」とのお言葉を頂戴した。山口百恵が引退したあたりから以降…

二度目の「ラ・ラ・ランド」

先日の第八十九回アカデミー賞では「ラ・ラ・ランド」が史上最多タイとなる十四ノミネートのうち監督賞(デイミアン・チャゼル、史上最年少の受賞)、主演女優賞(エマ・ストーン)、撮影賞(ライナス・サンドグレン)など合わせて六部門でオスカー像を獲得…

「ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ」

嘘をついてはいけないけれど知っていることのすべてを口にする必要はない。ところが世のなかには自身のはしたない下半身のことがらを曝したくてたまらない人がけっこういる。 このドキュメンタリー映画のアンソニー・ウィーナーもそのひとりで女性と性的なメ…

「ラ・ラ・ランド」

絵にも描けない美しさってどんなふうに描けばよいのかな。言葉にならない素晴らしさを文章で表現するのもむつかしいね。「ラ・ラ・ランド」についてひとことと思ってパソコンの前に坐っているのだけれどなかなか言葉が出てこない。 プロローグはロサンジェル…