二度目の「ラ・ラ・ランド」

先日の第八十九回アカデミー賞では「ラ・ラ・ランド」が史上最多タイとなる十四ノミネートのうち監督賞(デイミアン・チャゼル、史上最年少の受賞)、主演女優賞(エマ・ストーン)、撮影賞(ライナス・サンドグレン)など合わせて六部門でオスカー像を獲得した。
作品賞で受賞を逸した以外は前評判通りの結果であり、素敵なミュージカル映画を祝福したくてもう一度、今度は別の劇場に足を運び、この前よりはだいぶん大きなスクリーンで観賞した。

初回はミュージカルのたのしさと哀歓あふれるストーリーに浮遊状態だったが二度目はすこしではあるが分析の視点を持って観ることができたように思う。
とくに作劇術の点で女優志願のミア(エマ・ストーン)と自身のライブスポットでジャズピアニストとしての活動を充実させたいセブ(ライアン・ゴズリング)がそれぞれの道を歩み、五年後、セブのライブスポットでスター女優とオーナー兼ピアニストとして再会するシーン、そしてそれに続く、ありえたかもしれない五年間の夢のシーンは哀切感が胸に迫る。
たまたま夫といっしょに入った店の名前はかつてミアが提案していて、ロゴも彼女がデザインしたものだった。ミアはセブがステージでピアノを弾くのを見た。客席にミアがいるのに気付いたセブは二人の思い出のバラード("Mia & Sebastian’s Theme")を弾き始める。その曲が流れるなかで、じっさいの五年間とは別の、ありえたかもしれない二人の歳月が走馬燈のように映し出される。
いまは夫と幼い子供とともに幸せな家庭をもつミアだが、人生のもうひとつの軌道を行けばセブとともに暮らす現在があったはずなのだ。思いはセブもおなじだ。突飛な連想かもしれないが英文法に言う仮定法過去(現在の事実に反することを仮定・想像・願望する)のこの場面は心の琴線に触れる。
そのむかし追っかけをした「上海バンスキング」のラストで、主人公の正岡まどか(吉田日出子)が麻薬で心身を蝕まれた夫、戦争で落命し、また母国へ強制送還されたジャズマンたちを追想して、敗戦のなかでとまどう現実とは異なるもう一つの人生行路を幻想のなかに見る場面がある。そこでは夫もジャズマンたちも甦り、恋をし、夢をみた「あの頃」のジャズを演奏する。夢のジャムセッションである。
ラ・ラ・ランド」の人生のもうひとつの軌道の場面はこの夢のジャムセッションに匹敵する。
今回のアカデミー賞授賞式ではスタッフが司会者にまちがった封筒を渡したとかで、はじめ作品賞は「ラ・ラ・ランド」とされていて、とちゅうで「ムーンライト」に変更された。未見の作品賞映画を差し置いていえば、残念な気持はあるが、ここにももうひとつの仮定法過去の物語が彩りを添えていると考えることにしよう。
(三月四日TOHOシネマズ日本橋