海外テレビドラマ雑感

吉川英治三国志』に続いておなじ著者の代表作『鳴戸秘帖』を読んだ。これまで「なるとひちょう」と思い込んでいたが「なるとひじょう」とふりがながある。
物語は阿波、蜂須賀家と一部公家による尊王討幕のたくらみと内偵する幕府隠密の抗争を軸として展開する。阿波にひそかに入国した廉で捕えられた隠密が必死の思いで内偵記録をしたためていて、この秘帖をめぐる争奪戦、つまり和風というか講釈めかした「マルタの鷹」ですな。
ならばぐいぐい快調に頁を繰ったかといえばそうでもない。
「弦之烝の脾腹を狙って、りゆうっと突きだした手槍のケラ首!対手をはずしたか、ぶすッと白壁へ刺し込んだなと思うと法月弦之烝の姿はそこにあらず、どう切られたものか藩士の侍、槍をつかんだまま肩口柘榴なりに割れている・・・」といった古めかしい講談調の文体に難渋した。講談調は劇画調に通じていて、紋切型の連続は読み疲れがする。劇画の文章は短いからよいが、小説となるとそうはゆかない。
それと呆れるほど偶然が重なるストーリーにしらける。パリで別れたリックとイルザがカサブランカで出会う、あの世紀の大偶然は一度だからよいのであり、奇遇も重なると、またかよと思うのだった。
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「グッド・ワイフ」シーズン1から最終シーズン7まですべてを視聴した。二00九年から十六年まで放送された女性弁護士を主人公とするドラマで、主人公アリシア(ジュリアナ・マルグリーズ)は「ER緊急救命室」でジョージ・クルーニーの恋人役だった人。

彼女やその所属する弁護士事務所の動きを通してアメリカ社会でどのようなことが裁判になっているのかがよくわかる。犯罪を扱う回には謎ときの要素も加わる。それとアリシアの夫は州の検事から州知事となるから選挙戦や政界の内情も窺われる。弁護士どうしの、また事務所間のサバイバル競争はたいへん厳しく、おそらくこの国の法曹界の現実をある程度反映しているのだろう。
劇中の盗聴、ハッキングは官民ともに腹立たしいほど凄まじい。元CIA職員エドワード・スノーデンの人間像に疑問はもつけれど、彼が情報機関の闇行為を提起した意義は大きい。
面白くなければ全シーズン見られるはずもないが、アリシアの学生時代からの友人で、仕事を探していた彼女を自身の弁護士事務所に雇い入れるウィル・ガードナー(ジョシュ・チャイルズ)が法廷で射殺されたあたりから緊張感が緩むというか、いささかぐちゃぐちゃ気味になったが、なんとか格好を保つかたちでフィナーレを迎えたと思う。
Amazon見放題に感謝。
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吉川英治鳴戸秘帖』を読み終えたのを機に長いあいだツンドクにしてあった三田村鳶魚『大衆文学評判記』の『鳴戸秘帖』の章を開いてみた。本書と姉妹篇の『時代小説評判記』はともにベストセラーの時代小説を俎上にあげ、それらがどれほど嘘っぱちかを江戸通の著者がネチネチと暴く。
たとえば『鳴門秘帖』で「私の家は本郷妻恋一丁目ーとお綱が万吉に頼んでいるのですが、『本郷妻恋一丁目』なるものは、明和どころじゃない、幕末になってもありはしない。あすこは武家地でありましたから、何丁目なんていうものはないのです」といった具合。
読むうちに人生幸朗・生恵幸子のぼやき漫才が思いだされて晩酌しながらYouTubeでたのしんだ。大川栄策のヒット曲「さざんかの宿」の冒頭「くもりガラスを手で拭いてあなた明日が見えますか」に「ガラスのくもりが取れても明日が見えるわけないやろ!」と噛みつき「責任者出てこい!」でキメル。
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「グッド・ワイフ」に続いては「ハウス・オブ・カード」だ。この出色の政治サスペンスドラマはイマジカBSでシーズン1、2を見ていて、そのうちシーズン3、4も放送があると思われるが待ちきれず購入してしまった。まだまだ節約の修行が足りない。
シーズン2で副大統領グリーンウッド(ケヴィン・スペイシー)は現職大統領の追い落としに成功し、念願の大統領となった。シーズン3からは選挙の洗礼を受けず大統領に就任したグリーンウッドの権力の維持と選挙に向けての戦いが主題となる。1、2と比較すると大統領に就任したぶん守りの色彩が強くなった。テレビドラマも攻撃より防御がむつかしいと感じていたところへしゃしゃり出てきたのが妻のクレア(ロビン・ライト)で、まず国連大使のポストを要求し、ついで副大統領候補として夫婦で選挙に打って出ようとする。シーズン5の製作は決まっていて、物語の行方がたのしみだ。
いっぽうで録画してあったNHK女の中にいる他人」は初回で放棄した。先日原作であるエドワード・アタイヤ『細い線』の新訳を読んでたのしみにしていたが、誤って不倫相手を殺害した男が自身の指紋を消している姿を見て、あまりの馬鹿らしさ(この男はあやめた女と幾度となく過ごした部屋のいずれに指紋があるのかすべて頭に入っているらしい)に嫌気がさし、それでも初回だけは見終えたものの波長が合わないと確認して次回以降は止した。先年の「ロング・グッドバイ」もいちおう通しで見たものの作劇のあり方は疑問だった。世間の評価はどうなのかな。
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Twitterで「“警察小説×『仁義なき戦い』”と評される、柚月裕子のベストセラー小説「孤狼の血東映で映画化決定!『仁義なき戦い』から44年―。東映が贈る渾身の作品」という記事を見て、情報に疎いわたしはそんな作品があったのかと驚き、さっそく同書を一読した。なるほど「仁義なき戦い」+「県警対組織暴力」の深作ワールドに通じた作品で、映画化がたのしみだ。
仁義なき戦い」で広能昌三がやくざ社会から引退を決意したのが昭和四十五年だった。『孤狼の血』は昭和六十三年当時の広島の暴力団担当の二人の刑事を中心とする物語で、名作のスピンオフにふさわしい小説だ。
広島の呉原東署のマル暴担当の二人の刑事の物語がどうして『孤狼の血』なのかは読んでのおたのしみ。
明石組系列(「仁義なき戦い」でおなじみ)と神風会系列の地元組織が対立するなか、「それだきゃァ、なんとしてでも避けにゃァいけん」と名のある親分でも手を引いた代理戦争を阻止する役を『孤狼の血』の刑事が担う!
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「ハウス・オブ・カード」シーズン3、4に続いては「ダウントンアビー」シーズン5に突進、そしてたちまち視聴した。これで大団円としてよいくらい爽やかなエンディングだったが、シーズン6で全篇終了なので、まだお楽しみは残っている。
映像が美しく、第一次大戦前後のカントリー・ハウスでの貴族と使用人たちの生活の変遷は英国社会史の絵巻物のようだ。
NHKは下手なドラマの製作なんかよりこちらを早く放送するように。
退職してずいぶんと海外のテレビドラマ(主として英米)に親しむようになった。映画とは持続的におつきあいしてきた反面、高校生のころからテレビドラマとはほとんど無縁だったからこの変化は大きい。
仕事のないぶんたのしみの範囲が広がった。それでも相変わらずSF系とはうまくつきあえない。あえていえばお堅く、真面目に、貧乏して前期高齢者まで来た才気乏しい男はそのむかし松本清張は理解できたがSFはダメだった。先日の「ドクター・ストレンジ」も愉快で、映像にも目を見張ったが、苦手感はぬぐえなかった。
いまいちばん放送を熱望するテレビドラマは映画「裏切りのサーカス」の元のテレビドラマ版「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」とその続篇「スマイリーの仲間たち」で、ジョージ・スマイリーにはアレック・ギネスが扮している。イギリスで発売されたDVDは買ってあるが、わたしの語学力では問題にならない。