戦前の昭和史 雑感

昨年(二0二三年)八月に草思社から上梓された平山周吉『昭和史百冊』(草思社)を読んだ。百は多数の意で、書評や言及、紹介されている本は有名無名、古典的なものから最新の研究成果を問わず四百冊を超えている。大まかに年代別、テーマ別に編集されていて概説書の趣もある。

むかしならあれも読もう、これも読みたいと意欲が湧いたが、七十代ともなるとあきらめが先に立つ。年齢を実感するのはこういうときだ。とはいっても「東京物語」で笠智衆が演じた役名をペンネームとした著者はわたしより二歳下の一九五二年生まれだから年齢だけの問題ではない。

百冊、実質は四百冊超のブックガイドをまえに書くのは気が引けるけれど、わたしが戦前の昭和史について大きな影響を受けた、換言するとわたしの戦前昭和史像の基となったふたつの書がある。西園寺公望の政治秘書だった原田熊雄が残した口述記録『西園寺公と政局』と永井荷風断腸亭日乗』(ともに岩波書店)である。ここが起点となってわたしは、欧米流のリベラリズムを基調とする立憲君主制の定着と民主主義の発展の芽を、丸山眞男のいう超国家主義の連中すなわちファナティックな政治家、軍人たちが寄ってたかって捻じ曲げ、踏みにじったという歴史像を抱くに至った。

ありきたりで単純に過ぎるのはわかっている。だからこそ『昭和史百冊』のような本には関心があるといえるし反省材料にもなる。これまで広島、長崎、沖縄の悲劇は気の毒で見ていられず、結果として目を背けてきた。それに軍部や軍人には関心が薄く、それよりもエロ・グロ・ナンセンスのモダニズムである。

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それはともかく『昭和史百冊』のような書評の集成本の利点に研究の最新成果や新たな観点が覗き見できることがある。たとえば、ジョージ・アキタ、ブランドン・パーマー『「日本の朝鮮統治」を検証する1910ー1945』(草思社)では、「深甚な苦痛、屈辱感、そして怒り」をもつ人々にのみ焦点があてられた結果、日本の朝鮮統治は欧米諸国の植民地統治に比べて、公平で、穏健なものであったことが見逃されてきた、あまり辛いことは起こらなかった、日本人警官に不愉快な目に遭わされた記憶は一切ないとの証言も多い、と従来の日本の朝鮮統治への否定的見解、日本帝国主義の暴虐に対し検証と反論が加えられている。

また前掲書の著者のひとりブランド・パーマーの単著『検証 日本統治下朝鮮の戦時動員1937ー1945」』(草思社)は未編集の史料の精査を通じて、極めておぞましい記述のみが活字化されているとの指摘がある。

国内で超国家主義の政治家、軍人たちが跋扈しているのだから朝鮮では横暴の度合は割増されていたはずと思っていたが、こうした書評を読むと、うーん、ようわからん。

日本の朝鮮統治についての二冊の本を挙げて「うーん、ようわからん」とX(旧Twitter)に投稿したところ、「騙されないための日本近現代史Wiki」というブログを運営されている方から「1941年3月19日枢密院会議   石塚英蔵枢密顧問官(※台湾総督など歴任)『児童入学に際し内地流の氏名に改称せざれば入学を許可せずとし実際上之を強制すると同様の趣なるやに聞く』」との返信があった。

もうひとつ、長年にわたり気がかりな問題に竹内好の戦争観がある。それは大東亜戦争は、植民地侵略戦争であると同時に、対帝国主義の戦争でもり、この二つの側面は、事実上は一体化されていたが、論理上は区別されなければならないというものだ。

これについて『昭和史百冊』には平川祐弘『昭和の大戦とあの東京裁判』(河出書房新社)が紹介されており、戦争と裁判の検討を通じて「日本は西洋の帝国主義的進出に張り合おうとするうちに自身が帝国主義国家になってしまった。日本側のいわゆる大東亜戦争は、反帝国主義帝国主義の戦争だったのではなかろうか」という考え方が述べられていた。

『昭和史百冊』の冒頭、著者は《本書を手に取る方ならば、まずはほとんどの方が既に読んでいると思われるのが「昭和の語り部半藤一利の『昭和史1926-1945』『昭和史戦後篇1945-1989』(ともに平凡社ライブラリー)であろう。「昭和史入門」とするなら、やはりこの二書となる》と述べていて、未読のわたしは、入門も済ませていない者が『西園寺公と政局』だったとはといささかみょうな気持になった。そしてあとがきには、『西園寺公と政局』が昭和史の最重要史料であることは間違いない、「ただ、この本を読みこなすにはかなりの固有名詞と彼らの人物像が頭に刻み込まれていないと難しいので、やはり割愛した」とあり不安に陥った。いっぽう荷風のほうは磯田光一による『摘録 断腸亭日乗』(岩波文庫)が必読書とされてあった。

いずれにせよ倒錯気味ではあれ近く半藤一利の入門書は手にしなければなるまい。わたしの戦前の昭和史像を検証するためにも。

*以下ご参考までに本ブログ「七十年目の敗戦の日に」 

https://nmh470530.hatenablog.com/entry/20150815/1439586110