「ダム・マネー ウォール街を狙え!」

ほんと、面白くて、ためになる映画でした。いつの頃からか政財界のエライさんたちが「貯蓄から投資へ」と唱導しておられますが、下流年金生活者の目には、高速道路での煽り運転としか映らず、巻き込まれてはたいへん、だから「ためになる」のはわが家計にマネーがもたらされるのではなく、株式市場という社会の仕組みがよく理解できた謂ですので、念のため。

理解の核心というか肝は空売りで、ここをしっかり押さえておかないとなんのことやらわからなくなる。詳述は避けますが、なにしろ株価が下がれば下がるほど儲けは大きくなるという株式売買の手法で、クレイグ・ギレスピー監督はまずまずこの課題をクリアしていました。

f:id:nmh470530:20240207125527j:image

いまはあまり聞かなくなりましたが、仕手集団というのがあり、巨額の資金とさまざまな取引手法を駆使して、株価を意のままに動かし、大きな利益を得ようとするグループを指します。この映画の空売りグループ、わたしにはヘッジファンドというおしゃれっぽい呼称より、仕手集団のほうがイメージぴったりでした。 

さてその仕手集団が実店舗によるゲームソフトの小売企業、ゲームストップ社に空売りを仕掛けます。手元に株式はなく、信用取引などを利用して、借りて売る。株価が高く、これから下がると予想される局面で売りに出し、その後予想通り株価が下落したところで買い戻して利益を得るわけです。ところがかれらが予想したように株価は下がらない、それどころゲームストップ社の株価は高騰しまくっている。空売りを仕掛けた側は大損害です。

なぜゲームストップ社の株価は上がり続けているのか。キース・ギル(ポール・ダノ)という個人株主が動画配信で、ゲームストップ社の株は著しく過小評価されていると訴え続けていたのです。そしてこの配信はキースのゲームストップ社の持ち株と時価総額が明示され、毎日更新される、つまり完全情報公開で運営されていて、やがてささやかな資金で投資をしてみようという個人株主の信用と共感を得るに至ります。金融市場で小型投資を蔑んでいうDnmb Money(愚かなおかね)の叛乱です。

こうして、ゲームストップという企業の株価を下げて利益を得ようとする空売り側と、同社の健全な成長を求める買い方との闘いが一瀉千里を走ります。もちろん山あり、谷あり。仕手集団はウオール街のエリートたちであり、株式市場を操る権力を保持しているのですから個人株主には厳しい。そして問題はメディアの注目するところとなり、全米を揺るがす社会事象となります。

コロナ禍での実話をベースにした本作。一見したところ血湧き肉躍るとはまいりそうもない素材をこうしたエンターテイメントに仕上げるのですから大した作劇術といわなければなりません。

余談ですが、この映画を素材に、どれほど深く掘り下げ、わかりやすい解説ができるか、試みてはいかがでしょうと高校で政治経済を担当する先生方や大学で経済学の入門を講じておられる先生方に申し上げたい。きっと指導力の向上に資すると思います。その意味で、この映画、 面白くて、ためになる経済学の教科書(そんな形容矛盾的教科書があるのが不思議ですけど)としての一面を有しています。 

(二月六日 TOHOシネマズ日比谷)