『猫』とフィルム・ノワール

十二月三日。昨日スマホの機種変更をした。iPadKindleなどと充電の端子を一本化したのはよかったが、旧機種からデータを移行しなければならず、手引の小冊子をいただいたが緊張感ただならず、心配した通りきょうの日曜日は午後のラグビー早明戦の時間帯を除きほぼ終日移行作業に従事した。それでも写真はうまくゆかず混乱したが、あれこれ調べまくってAirDropなるものに行き当たりようやく解決した。

いま読んでいる内田百間東京焼尽』の一九四五年三月十三日の記事に「ラヂオの故障はコンデンサーが駄目になつた為であるとかにて、差し当たり修繕の見込立たず。警報の度に困るとは思ふけれど仕方がない。機械と云ふものは時にこはれるからその度に気を遣うから性に合はぬ也」とある。そしてわたしは機械はこわれていないのに新品の機器をまえにデータ移行に難渋している。

課題はあとひとつ、スマホにインストールしているアシックスのランニング用アプリとアップルウオッチとのペアリングができなくて距離もタイムも計れない。マニュアル通りにやっているのに。(とうとうこれはあきらめて、ウオッチに内蔵されているナイキのアプリを用いることとした。ところが一週間ほどして突然アシックスのアプリが作動をはじめた。なにもせず放っておいたのにわけがわからない)

百間先生は三月二十八日の日記に「敵の空襲がこはいのと、食べ物に苦労するのと、それだけであつて、後は案外気を遣はないのんきな生活である」と書いている。空襲もなく食べ物の苦労もないからデータ移行で文句垂れてはいけないかな。

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奥泉光『『吾輩は猫である』殺人事件』(河出文庫)を読んでいて、きょうは喫茶店で一心不乱、とちゅう吉田日出子の「上海バンスキング」のアルバムを聴き、再度読書に戻り二百頁まで来たがまだ三分の一だ。

本作で「吾輩」はなぜか上海に来ていて、たまたま道路に捨ててあった新聞に苦沙味先生が殺されたとあった。事情を知った上海の猫たちがアームチェア・ディテクティブよろしく推理を披露する。ある猫は語る。苦沙味先生の細君は不倫、明治ふうの言葉で申せば姦通もしくは不義密通の関係にあった男がいたに違いない、と。「吾輩」ははじめ一蹴したが、でもあの夫婦はよく口喧嘩をしていたから、可能性は皆無ではないと考えるようになる。

そこでわたしも猫たちとともに苦沙味先生殺害事件の究明に乗り出した。

吾輩は猫である』に苦沙味先生の姪の雪江と細君が生命保険について話をするくだりがある。そこで細君は、こないだ保険会社の人が来て利益について説明し、ぜひお入りなさいというのに夫はどうしても入らない、貯蓄はなし、子供は三人いるのだからせめて保険にでも入ってくれると心丈夫だけど、と語る。

そこで「吾輩」じゃなかった、わたしは想像した。苦沙味先生の細君の不倫相手がこの保険屋の男であればどうだろう。男が細君名義で保険に入り、ふたり示し合わせて苦沙味を殺せば保険金が下りる。つまりビリー・ワイルダー監督の名作「深夜の告白」とあいなる。こうして『猫』からフィルムノワールにたどり着いたのだった。

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漱石、本名夏目金之助は一八六七年二月九日(慶応三年一月五日)に江戸の牛込馬場下横町に生まれ、一九一六年(大正五年)十二月九日に胃潰瘍により体内出血を起こし自宅で死去した。きょう十二月九日は漱石忌

そこで明治三十八年三月明治大学で行われた講演「倫敦のアミューズメント」を読んだ。冒頭、漱石は「諸君私が夏目先生です」と笑いをとっている。とちゅう、三月十日の奉天における日露会戦で日本が勝利したことを知らせる号外が飛び込んでくると、自分の講演より奉天のほうがよっぽど面白いだろうに、と言ったりしてなかなか臨場感があるが、それはともかくここで漱石は「アミューズメント、オブ、オールドロンドン」(講演速記の表記のまま、以下同様)という本を参考にかの国のかつての娯楽を話題にしている。

たとえば「ベヤ、ベーチング」、杭を立て、首輪をした熊を鎖で結びつけ犬に噛ませる、牛のばあいは「ブル、ベーチング」で、エリザベス一世も大好きだった残酷な遊びである。漱石はいまのイギリスでは「犬牛馬などに大変丁寧」であるが「西洋人だつて吾々だつて人間としてそんなに異なつたことはない」、さかのぼるとずいぶん残酷な娯楽を楽しんでいると語る。

ほかにも「犬と犬との噛合はせ」、「ホース、ベーチング」、「コツク、ピツト」という闘鶏、人間どうしではプロの剣客の真剣勝負(ただし百年のあいだに死んだのはひとりで、切り傷から菌が入って亡くなった)、「肉襦袢見たやうな極く身体へピタツとくつ着く」衣装の女性による殴りあい(引っ掻き合いではつまらないから双方が金を握って殴り落としたほうが負けとなる)などがあった。

これは本ブログ「英語のノートの余白に(6)bullbaiting 」(2023年10月20日)に書いたが「ベヤ、ベーチング」bearbaiting、「ブル、ベーチング」bullbaitingは日本の英和辞典には立項されているのに、本家の『オックスフォード英英辞典』にはない。触れられたくないのはわかるが隠しだてするのはよくないな。

 漱石忌余生ひそかにおくりけり 久保田万太郎

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十二月十二日。午後、新宿のスタバで寺田寅彦夏目漱石先生の追憶」、高浜虚子漱石氏と私」を読んだが後者の一気読みは時間がなく一段落したところで目を休めて耳に移行しスコット・ハミルトン&ジェフ・ハミルトン・トリオのアルバムを聴き、そのあとテアトル新宿で「市子」を観て、帰宅後は晩酌の半日だった。

珈琲と読書とジャズと映画とお酒の小春日和の日の晩酌は奮発してシングルモルトを飲んだ。国内外不愉快な出来事は枚挙するにいとまがないいま、ときに幸福感を味合わなくちゃ人生やっていけない。

漱石氏と私」にこんなエピソードがあった。

漱石が英国留学する直前、高浜虚子を食事に誘い、そのあと二人で謡をうたった。とちゅう調子が合わなくなって虚子はとうとう噴き出してしまったが漱石は笑わず最後までうたった。当時大学生だった寺田寅彦もその場にいて、謡が済んだところで先生のはたいへん拙いと冷評を加えると漱石は応じた。「拙くない 、それは寅彦に耳がないのだ 」。このときかどうかわからないが寅彦は、先生の謡は巻舌だといったこともあり、漱石はずっと覚えていたそうだ。

ニュースで、政治家たちのパー券のキックバックなどといっていたが、これは脱税につながる犯罪なのだから犯罪疑惑という表現があってしかるべきだと怒りつつも漱石、寅彦、虚子の謡曲をめぐるやりとりに慰められた。 

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十二月十八日。昨日の日曜日はNHKホールで「千人の交響曲」の名で知られるマーラー交響曲第八番を聴いた。チケットをゲットしてくれた友人から、規模が大きくて演奏される機会が少なく、今回を逃すと生涯めぐりあう機会があるかどうかわからないのでぜひ聴いておくようにとのお達しがあり、いっしょに出向いた。

ときにクラシックは聴くけれどほとんどがモーツァルト、あとはポピュラー化された小品や交響曲のさわりがもっぱらなのでグスタフ・マーラーは名前のみ知る人で、畏れ多くもいきなり「千人の交響曲」に接した。友人は魂が洗われたと言っていたが、当方はオーケストラ、NHK東京児童合唱団を含む合唱団、ソリスト、パイプオルガン、客席にまで数人の金管楽器がならぶ規模の大きさに、へーえと思っているうちに大団円で、魂はビックリで、その余波か、神保町のへぎ蕎麦屋さんでいささか飲み過ぎて、定量遵守のわたしにしてはめずらしく二日酔いに陥り、今朝はランニングを中止した。

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先日NHKBSプレミアムで放送のあった「なぜエヴァンズに頼まなかったのか」全三回の録画をみたが、ラストの回がわかりづらく、整理がつかなかった。クリスティの原作を読んで臨んでこれだから情けない。ストーリーをたどるのが苦手なわたしの面目躍如といったところか。たんに頭脳の働きが弱い、偏差値が低いだけの話かな、などと反省しながら伊藤彰彦『仁義なきヤクザ映画史1910-2023』(文藝春秋)を読んでいると一九六四年に東映京都撮影所所長に就任した岡田茂が、時制の混乱を招く回想シーンや耳に入りにくい二行以上の長ゼリフを禁じたとあった。また映画のセットに英語で書かれたクラブの看板を掛けようとしたスタッフを「小学校しか出ていないお客さんに分かるように日本語にしろ!」と怒鳴りつけたという。

伊藤彰彦氏は「このように東映は徹底して庶民の目線で映画を作ろうとした」と書いている。

いつだったか酒席で、いまは故人となった某民放のディレクター氏に、ストーリーを追うのが苦手というが、ならばどんなストーリーだったら分かるのかと問われて、咄嗟に返事が出ず、たとえばストリップのようなストーリーですね、と答えたところ、あれはストーリーとはいわないと一蹴された。

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自民党安倍派の最高幹部数人が東京地検特捜部の任意聴取を受けたというニュースがあった。政府、与党は捜査中だからコメントは差し控えるの一点張りだ。首相は改革に邁進するといっているが、改革は実態を踏まえてのことだし、国民の意見を聞くとしても実態を知らなければ論じようもない。細部はともかく、政治家のパーティーをめぐりどのような問題があったのか、立法府の人間がどのような違法行為をしていたのかという基本的なところは明らかにしないと改革などできるはずもない。資料なくしては計画は立てようがなく、計画がなければ実行はおぼつかない。

「われわれ(文壇の人間)だって悪いこともするし罪も犯すが、人からそれを指摘され、自分でも悪かったと云うことが分れば、男らしく告白して社会に謝し、その責めを負う。決して何処かの国の政治家の如くうそや非行からバレかかっても鷺を烏と云いくるめて、自ら免れて恥ずるところなく、傲然と社会の上層にのさばっているようなことはしない」。

これは谷崎潤一郎芥川龍之介の死に寄せて書いた「饒舌録」の一節で、初出は『改造』一九二七年一0月。「男らしく」云々はいただけないが、「何処かの国の政治家」の鷺を烏と云いくるめて恥ずるところなく、社会の上層にのさばっているのはいまも相変わらずと知れる。

谷崎のいう昭和初期の「何処かの国の政治家」の政治家の生態から現代のパー券の問題まで、政治で不正の金を儲けるのはもう丸山眞男のいう「古層」の域に達している。政治で私利私欲を図るのが政治文化の基盤となっていやしないか。中国やロシアで改革の声はあってもたちまちウルトラ独裁の政治と文化に戻るとおなじく、この国では政治と金の癒着は慢性化していて手術を避ける多くの政治家たちが治療をますます困難にしている。

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昭和七年寺田寅彦は北大で三日間講義を行った。そのとき北大の先生だった中谷宇吉郎は「札幌に於ける寺田先生」に寅彦が「鳶と油揚」に関心を持っていたとしるしていて、のちに随筆「とんびと油揚」となった。

鳶が油揚を攫うのは虚伝であっても鼠の死骸は突くことはある。上空を飛ぶ鳶は油揚はともかく鼠の死骸が地上にあることがどうしてわかるのか。鳥の網膜の構造からとても見えるはずがない。そこで嗅覚が問題になる。熱帯流から考えると、鼠の死骸から出るガスが細い線または薄い膜となって上空に達することはありうる、しかし鳥の嗅覚は鋭敏ではない。

鳶といえば柴田宵曲俳諧博物誌』の「鳶」を思い出す。なかで宵曲は、ある先輩の話として、以前は東京の空にも鳶が多く飛んでいたのに、それが見えなくなったのは「市中の掃溜が綺麗になって、彼らの拾う餌がなくなったためだろう」と述べている。臭いが上空に来なくなったと解釈したいのだが、寅彦によると鳥の嗅覚は鋭敏ではない。うーん。

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寒月君を通して寺田寅彦を知りたいと『吾輩は猫である』を読み、そのうえで寅彦の随筆に取りかかるつもりだったが、『猫』を読むとまえに読んだ奥泉光『『吾輩は猫である』殺人事件』を思い出して再読し、そうすると未読の内田百閒『贋作吾輩は猫である』が気になって百閒先生の『贋作猫』も読んだ。

奥泉光『『猫』殺人事件』では、「吾輩」は生きて上海にいて、主人苦沙味先生殺害の謎を解くこととなる。いまふうに申せば面白いスピンオフで、いっぽう内田百閒『贋作猫』は漱石の衣鉢を継ぎ、逸民たちの会話が楽しい。

《「蛆田百減さんからの葉書ですよ」(中略)「百減と云ふのは文士でせう。どう云ふおつき合ひです」(中略)「あれは変な野郎です。文士のくせにお金をためてるさうだ」》《「飲むとなくなると云ふのが、お酒や麦酒の一番の欠点だ。この点を改良しなければいかん》。

『贋作吾輩は猫である』は『内田百閒全集』第五巻(昭和四十七年講談社)に入っており、ほかに『戻り道』『新方丈記』『東京焼尽』『百鬼園夜話』『百鬼園俳句』があり『贋作猫』を読んだから、はい、さようならとはまいらない。むかしの歌の文句にある、ひとつ曲がり角、ひとつ間違えて、迷い道くねくね、状態となった。

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夢のなかでどこかへ買い物に行ってお金を落としてしまい、いくら探しても見つからない。ようやく目が醒めて夢と知った。ここで人はふたつに分かれるんだとか。夢でよかったと安心する人と、夢であっても惜しくて金の行方が気がかりでたまらない人と。私はこの種の夢は見たことがないが、いずれかな。

と、それらしく問いかけたが、わたしは荷風先生に倣ってケチをたしなみとしているから答はわかっている。いっぽうで義理と褌は欠かすべからずとの教えもあり、そこのところがややこしい。せめて褌は欠かさないようにしなくてはね。

吝嗇に努めても貧乏が変わるものではない。もう貧乏は飽きちゃったし、状況はよくなることはありえない。でも死にたくもない。

貧困は犯罪と社会不安の温床とされるいっぽうに「多数をたのむ貧乏が、格別横暴にもならないのは、貧乏といふ状態の本質が平和なものだからなのである」(内田百閒)といった議論もある。きょうは大晦日。貧乏な年金生活ながら負債がないのがさいわいで、来る年もせめて平和な貧乏生活を願うほかない。