「新感染 ファイナルエクスプレス」

ゾンビものには食指が動かない。腐った死体が歩き回るなんてバッチイし、お金と時間をかける気が起こらない。ところが韓国映画「新感染 ファイナルエクスプレス」の評判がたいへんよくて、さすがのわたしもそうはいっていられず新宿の映画館へ足を運んだ。結果は大正解、なるほど噂に違わないおもしろい映画だった。
ソウル、プサン間の高速鉄道で突如謎のウィルスの感染が発生する。ゾンビ化した感染者は凶暴で、その手に捕らわれるとひとたまりもない。恐怖と混沌のなか乗客たちは生き残りをかけた戦いを強いられる。ノンストップ・サバイバル・アクションの開幕だ。

父と幼い娘がいる。父はソウルでファンドマネージャーとして働いており、いっしょに暮らすひとり娘にせっつかれてやむなくプサンにいる別居中の妻のところへ娘を連れて行っているところだ。
中年の夫婦がいる。妻は近く出産を控えている。
旅行をしているのだろう仲のよい高齢の姉妹がいる。
高校の野球部員たちと女子マネージャーがいる。
はじめ事態は不審な騒動とみえた。まもなくかれらはそれどころではなく、命懸けの極限状態のなかにいることを知る。そのなかで、世間の情などには見向きもしなかったファンドマネージャーの心に家族愛と隣人愛が甦る。身重の妻の夫は自分の生命を賭してまもなく産まれる子供と母親の生存を図ろうとする。いっぽうで、周囲の人を詭計にかけてでも自分だけは助かろうとする輩もいる。
壮絶な状況のもとでのさまざまな人間模様、とりわけファンドマネージャーにみられるゾンビ騒動と人情噺との巧みなコラボレーションが意表を衝く。落語と死神が結びつくくらいだから人情噺とゾンビが組み合わされて不思議はないけれど、それにしてもよくできた興奮と感動の物語なのだ。
そこのところへ寓意性を取ってつけるのはどうかとおもうけれど、ミサイル発射、核実験と何かと狂信、偏執の全体主義国家の動向が気にかかり、突如のゾンビ騒動とあの国家とがいやでも結びついてしまった。ひとまずそれを封印すると、極限状況のなかで人々がとったさまざまな対応、行動のなかに素晴らしさも嫌らしさもふくんだ人間の心性がくっきりと映った。
(九月七日新宿ピカデリー