「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」

プラハ市立フィルハーモニー管弦楽団の演奏する「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」が流れるなか、先日ハリウッドを追放されたセクハラ大物プロデューサーを思わせる悪辣富豪のサロカ男爵(ジェームズ・ピュアホイ)と、美貌と才能を具えた歌手スザンナ(モーフィッド・クラーク)と、モーツァルトアナイリン・バーナード)による恋愛模様が繰り広げられる。
舞台はプラハ。カレル橋の下をブルダヴァ川が流れ、橋の彼方にはプラハ城がそびえる。大通りには馬車の蹄の音が響き、そこから一歩はいった路地裏の敷石道はしっとりとして、ほのぼのとした雰囲気をただよわせている。その映像は十八世紀後半の衣装や調度品を含めとても魅力的で、美しい絵巻物をみているような気分になる。

一七八七年プラハでは「フィガロの結婚」が大きな話題となっていて、上流階級の名士たちはモーツァルトを招き、かれ自身による「フィガロ」の上演と新作オペラの発表を企てる。主たる出資者となったのがサロカ男爵である。
このときモーツァルトは三男が病死した直後で失意のなかにあり、一時ウィーンを離れたい気持になっていて、プラハからの話は渡りに船の申し出だった。
まもなくプラハにやってきたモーツァルトは「フィガロの結婚」のリハーサルと新作オペラに取り組む。そこへ現れたのが「フィガロ」でケルビーノ役を務めるスザンナで、彼女は両親からサロカ男爵と結婚するよう言い渡されていたが自身は気が進んでいない。
惹かれあうモーツァルトとスザンナ、彼女に結婚を迫るサロカ男爵。多くの女性を犠牲にしてきた男爵の実像を知らないまま結婚話を進めるスザンナの両親。そんななかでモーツァルトは新作「ドン・ジョヴァンニ」の着想を得る。こうして愛と嫉妬と陰謀の恋愛劇と新作オペラとは互いに関係しあいながら結末へと進む。
監督と脚本を担当したジョン・スティーブンソンは、ウィーンではさほどの人気とはならなかった「フィガロの結婚」がプラハでの公演をきっかけに高く評価され、それをうけ同地で「ドン・ジョヴァンニ」がモーツァルトの指揮で初演されたという史実のなかに、恋愛劇を想像し、名作オペラ誕生の秘話を創造した。
原題は「Interlude in Prague」(プラハの幕間)。ウィーンでの生活の幕間としてプラハにやって来たモーツァルトの体験は、史実の幕間に挿し込まれた物語でもある。着想と想像と創造、いずれも秀逸というほかない。ミロス・フオァマン監督「アマデウス」に比肩される新たなモーツァルト映画を讃えたい。
なおモーツァルトは一七五六年一月二十七日生まれだからこの作品が製作された昨年二0一六年はかれの生誕二百六十年にあたる。
(十二月七日ヒューマントラストシネマ有楽町)
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ことしは「ハイドリヒを撃て」ならびに「プラハモーツァルト」とプラハを舞台とする秀作に接することができた。いずれも、一食ぬいてもぜひご鑑賞をおすすめしたい作品だ。わたしはプラハモーツァルトも大好きだが、そのことで映画を評価する目が曇ったとは思っていないから、念のためいっておきます。