「ハクソー・リッジ」

少年時代、煉瓦で兄をひどく殴打した経験から「汝、殺すなかれ」を信念として従軍した男は、戦後多くの人命を救った功績により非武装兵士としてはじめて名誉勲章を受章した。
メル・ギブソン十年ぶりの監督作品はこの男の体験に即したもので、同監督がどうしてこの実話に着目し、映画化を果たしたのかという点でも関心があった。

米国の第二次世界大戦への参戦を機にデズモンド・T・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は志願して兵役に就いたが宗教上の信念(宗派はセブンスデー・アドベンチスト教会)から敵の殺害と武器の携行は拒否した。批判、軋轢は大きかったがドスは家族の支援やねばり強い説得でようやく衛生兵としての参戦が叶うこととなり沖縄戦に従軍した。人を殺す戦争に、人を助けるために戦地へと赴いたのだった。
戦地ハクソー・リッジ(ノコギリ崖)での現実は悲惨を極め、捨て身の日本軍の戦いにより米軍は一時的に退却を余儀なくされる。退却できない兵士は止まるほかない。その兵士たちの救出にドスは尽力する。なかには日本軍の兵士もいて、救出に敵味方はなかった。
この映画は総力戦としての第二次世界大戦で、武器を取らない人さえも力としたアメリカのリベラリズムへの讃歌としての性格をもつ。そのこととハクソー・リッジでの悲惨な現実とが絡みあい、捩れあう。もとより戦場体験を持たないから推測でいうけれど本作における戦争シーンのリアリティはただごとではない。銃弾があたる、火炎放射器で殺される、その具体の描写は凄まじい。
高村薫は近著『作家的覚書』(岩波新書)で、日本国憲法改正の動きが高まる現状について、過去の戦争の影は薄れ、敗戦と日本国憲法とを結ぶきずなは弱まり「過去の戦争も憲法の条文もバーチャルリアリティとして再生・消費され、それを自然に受け入れる国民が大勢となった」と指摘していて、同様にメル・ギブソン監督のリアルに執着した戦場の描写も戦争を「バーチャルリアリティとして再生・消費」する傾向に対する批判精神の表れだとおもった。
ドローンに象徴される無人化の攻撃は衛生兵をどのように位置付けているのだろう。
(七月二日TOHOシネマズスカラ座