「ドリーム・ホース」 〜ウェールズを讃え、人間を讃える

とてもよい気持にしてくれる映画です。素晴らしくて、観終わったときはユーロス・リン監督をはじめとするスタッフとトニ・コレットダミアン・ルイスなど役者陣に感謝の言葉を贈りたいほどでした。

ウェールズの谷あいにある小さなコミュニティで育てた競走馬が国内(このばあいはイギリスではなくウェールズ)最高峰のレースに挑んだお話です。パートと親の介護、活気を欠く夫との日常に少しばかり倦んだ主婦が、馬主経験のある男の話に触発されて競走馬を育てることを思いつきます。もちろん個人では無理なので、週10ポンドずつ出しあって馬主組合を作ろうと地域に呼びかけたところ二十人ほどの参加が得られました。集団の馬主が名付けた競走馬はずばり、ドリーム・アライアンス。

厩舎に預けられたドリーム・アライアンスはまもなく中小のレースに出場するようになり(A)、活躍していたところ(A)、レース中に安楽死も選択肢になるほどのけがをしてレースの断念に追い込まれたのですが(B)、やがて厩舎でのリハビリテーションが功を奏して大レースに臨みます(A)。ジャズのスタンダードナンバーでよく見られるAABAの形式は物語の構成としても安心と落ち着きをもたらしてくれます。

よろこびに包まれ、一転して不安に襲われた馬主たちにドリーム・アライアンスの復活はふたたびの夢をもたらします。それこそ夢のような物語なのですが実話をベースにした作品なんです。

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冒頭、町の道端で普段着の若者三、四人がラグビーのパスをしていました。ラグビーを国技とするウェールズらしい光景で、くわえて自分たちの馬がレースを制したとき、高齢の女性が、ラグビーイングランドに勝ったときの気分よね、なんておっしゃていました。在職中、仕事で少しばかりラグビーに関わっていたわたしとしては嬉しさはひとしおでした。

ラグビーの映画じゃないけれどこの競技を細部に用いた描写は、たくさんのレッドドラゴンの旗で飾られ、 競馬とお酒で盛り上がるパブリックビューイングのお店とともにウェールズ的な気分を高めていました。

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美しい馬場での競馬のシーンは迫力があり、緑が映える山地は見惚れるほどです。そして大レースを前にしてソプラノ歌手が歌う「ランド・オブ・マイ・ファーザー」の素敵だったこと!ここだけでももう一度観てみたい。ラストでは出演者たちがウェールズ出身のトム・ジョーンズの名曲「デライラ」を歌います。

製作スタッフが、ウェールズへの讃歌を通して人間讃歌を奏でる意図を有していたかどうかはわかりません。ただ明らかにこのウェールズ讃歌は広やかな世界に人間讃歌をもたらしています。

(一月十二日 ヒューマントラストシネマ有楽町)