映画をめぐる閑談

「世界名画劇場」

映画がモノクロだった頃の名作がずらりとならぶAmazon prime videoで久しぶりに「運命の饗宴」を観た。 一着の礼服がさまざまな人の手に渡るなかでいろいろなエピソードが生まれる。シャルル・ボワイエ、リタ・ヘイワース、ヘンリー・フォンダ、ジンジャー・…

「テイクオーバー」〜意外な拾い物

Netflixで配信されているオランダ製作の「テイクオーバー」は無職渡世の老爺の暇と退屈をしばし忘れさせてくれて、意外な拾い物感がありました。ゲージュツとか深い思索などまったく関係なく、現代のネット社会を素材に、昔ながらの巻き込まれ型のドラマが展…

「ある男」~ミステリーとアイデンティティ

上映が終わるとともに拍手をしたくなり、次にはそんなに興奮しちゃだめ、もっと心を落ち着けてじっくり考えなきゃいけないと思ったり、よい意味で穏やかな気持ではありませんでした。 また、わたしのなかでは「伽倻子のために」「Go」「パッチギ」などの系譜…

「アムステルダム」

ナチス絡みの素材をおしゃれに仕上げたエンターテイメント作品です。 第一次世界大戦直後から一九三0年代にかけてのアムステルダムやニューヨークのノスタルジックな映像、「ダイナ」「ピーナッツベンダー」など当時のヒット曲、あの時代に似合いの役づくり…

「デリシュ!」

デリシュ、フランス語でおいしいを意味することばです。 フランス革命がすぐそこまで迫っていた時代、料理人が作る料理は王侯貴族の味わうものであって、民衆とはまったく無縁、そもそも庶民は味覚の能力を欠いているとされていました。シェフによる料理は選…

「アキラとあきら」

映画を観て、翌日から三日かけてTVドラマ版をNetflixで視聴しました。 映画だけではよく理解できなかったから、というのではありません、念のため。こういうオモシロ作品のあとにTV版をパスするなんてわたしにはできません。 両者の異同は別にして、どちらも…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ五)~抗争と盃外交のはざまで

「仁義なき戦い」では、縄張り争い、跡目争い、盃外交の新たな展開などにより、ヤクザ内部およびその周辺の人間関係は激しく変化する。そうしてとりあえず保たれていた仁義や盃による秩序が「擬制の終焉」を迎える。 この変化は激しく深作欽二、笠原和夫のコ…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ四)~ほんのはなし

わたしがこれまでに読んだ映画の本のワン・オブ・ベストに『われわれはなぜ映画館にいるのか』がある。一九七五年に晶文社から刊行され、のち再編改題され『映画を夢見て』(筑摩書房)、さらに改編されて『新編われわれはなぜ映画館にいるのか』が二0一三…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ三)~日下部五朗『シネマの極道』をめぐって

二0一三年「仁義なき戦い」四十周年に合わせるように日下部五朗『シネマの極道 映画プロデューサー一代』(新潮社)が刊行された。全五部作の企画製作は第一部のみ俊藤浩滋(藤純子、現、富司純子の父君)、日下部五朗の連名で、あとは日下部五朗プロデュー…

「モガディシュ 脱出までの14日間」

実話をもとにした作品です。朝鮮半島でどれほど広く知られている話なのかはわかりませんが、こんな出来事があったなんて、わたしには驚きの現代史秘話でした。 一九九0年ソウルオリンピックを成功させた韓国は余勢を駆って国連参加を目途にアフリカ諸国との…

「ベイビー・ブローカー」

「ベイビー・ブローカー」を観たあと、スタバでコーヒーを飲みながらソウルやプサンの街角を思ったり、「万引き家族」と本作を併せて是枝裕和監督の家族についての問題意識を考えたりしていました。 ひと段落したところで映画のあとのお酒とおつまみを想い、…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ二)~NHKへの疑問

映画の公開四十年を期して二0一三年に発売された「仁義なき戦い Blu-ray Box」が手許にある。これには本篇全五部作にくわえ特典として「総集編」と「“仁義なき戦い”を作った男たち」が収められている。後者は深作欣二、笠原和夫両氏の没後二00三年五月三…

「三姉妹」

第一感、脚本が光っていました。特筆すべきは姉妹三人のキャラクター造形で、次女役のムン・ソリが脚本に感銘を受け、共同プロデュースを買って出たというのも納得です。三人の人物像を具体化したキム・ソニョン(長女)、ムン・ソリ、チャン・ユンジュ(三…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ一)~広島埠頭での思い出

「仁義なき戦い」の公開は一九七三年(昭和四十八年)一月十三日だからはやいもので半世紀近くが過ぎた。 大学卒業を前にしたころ、ある友人が興奮気味に「詰めた小指の先がどこかへ飛んで、見るとニワトリが嘴で突っついて大笑い」と話すのを聞き、さっそく…

「牛泥棒」

五月二十日にNHKBSPで「牛泥棒」の放送があり、十年ほど前にレンタルショップで借りて以来の再会ができました。 太平洋戦争のさなか一九四三年の作品でわが国では劇場公開されていません。わたしがこの作品を知ったのは若き日のクリント・イーストウッドが感…

「流浪の月」

小児性愛者にして誘拐犯とされた十九歳の大学生、そして事件の被害者とされた小学五年生の女児。「〜とされた」というのはあくまで世間の視線、また法律の世界における扱いであって、この事件の当事者には人知れない事情がありました。 帰宅したくない家内更…

「親愛なる同志たちへ」

一九六二年六月にソ連の地方都市、ウクライナにほど近いノボチェルカッスクで実際に起こった虐殺事件と、その渦中にいた母娘をめぐるドラマです。事件はソ連崩壊後の一九九二年まで三十年間にわたり隠蔽されていました。 いくら社会主義の優位が喧伝されても…

「オールド・ナイブス」

お気に入りのスパイ・ミステリーでどちらかというと地味系でシブい作品が映画化されるのはとてもうれしい。たとえば先ごろ公開された「オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体」。原作は小説より奇なるノンフィクション、ベン・マッキンタイアー『ナ…

「英雄の証明」〜ソーシャルメディアの光と闇と不条理

素晴らしくて繰り返し観たい映画のいっぽうに、優れてはいるけれど、もう一度観るのは躊躇する、っていうかなかなか立ち向かう勇気の湧かない名作があります。 前者はさておき、問題は後者で、わたしのばあい、たとえば「西鶴一代女」を再度観るまでにはずい…

「暴力行為」〜収容所からの脱走をめぐって

Amazon Prime Videoの魅惑のモノクロ旧作群に「暴力行為」が収められていて十数年ぶりに再会しました。ナチスの戦争犯罪を問い、また信念を貫く人物を多く描いたフレッド・ジンネマン監督(1907-1997)の初期の作品です。 あまり知られていないとおぼしい秀…

「ウエスト・サイド・ストーリー」

「ウエスト・サイド物語」が日本で公開されたのは一九六一年十二月二十三日でした。そのころわたしは小学五年生で、映画をみたのは六年生のときだったと記憶していますが、あるいは五年生だったかもしれません。 どうしてこの映画に接したのかは思い出せませ…

「声もなく」

ホン・ウィジョンという一九八二年生まれの新人監督が撮った韓流作品です。素晴らしいというか、凄いというか、いずれにしてもこれから要注目の女性監督に大きな拍手を贈ります。 鶏卵の小売をするいっぽう犯罪組織から死体処理を請け負う中年チャンボク(ユ…

「ハウス・オブ・グッチ」

グッチオ・グッチによって一九二一年に創業されたイタリアのファッションブランドGUCCIの創業家の興亡に目を凝らしつづけた159分でした。一九七八年からおよそ二十年にわたるグッチ家の繁栄、抗争、確執、悪行、愛憎などを盛り込んだ長尺のドラマをだれるこ…

「天才バイオリニストと消えた旋律」

一九五一年、将来を嘱望されている若手ヴァイオリニスト、ドヴィドル・ラパポートのデビューコンサートが開かれるその日、かれは忽然と姿を消した。リハーサルを終え、あとは本番を迎えるばかりだったのに。 冒頭に提出されたこの謎にたちまち引きつけられま…

「パーフェクト・ケア」〜ブラックな介護で大儲け

スパイ小説の作家に、ジョン・ル・カレとイアン・フレミングが、主人公でいえばジョージ・スマイリーとジェームズ・ボンドがいて世の中はまじめとおあそびの均衡がとれている。 古代ローマ時代の南イタリアの詩人ホラティウスが「徳そのものを飽くことなく追…

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

二00一年十一月すなわち911の二ヶ月後モーリタニア人でドイツ留学経験のあるモハメドゥ・オールド・サラヒ(タハール・ラヒム)は現地警察に連行され、そのままアメリカ政府に捕らえられました。収容先はキューバのグアンタナモ湾にあるグアンタナモ米軍基…

「ジャズ・ロフト」

第二次世界大戦で戦場カメラマンとして活動したあと、雑誌「LIFE」を中心に意欲的な作品を発表してきた ユージン・スミス(1918-1978)は一九五四年に「LIFE」誌編集部と喧嘩別れをして関係を絶ちました。 三年後の五七年、妻のカーメンと四人の子供たちと別…

「殺人鬼から逃げる夜」

第二次世界大戦前夜のヨーロッパの某国、ある青年が公園でひと休みしてカメラを持ち帰りDPEへ出したところ、フィルムには撮ったおぼえのない軍事関係の写真があり、写真屋は警察に申し出て、他人のカメラとまちがえてしまった青年はスパイの嫌疑がかけられま…

「ブライズ・スピリット〜「夫をシェアしたくはありません!」

名前しか知らないノエル・カワードの、名前も知らない戯曲「陽気な幽霊」(つまりBLITHE SPIRIT)を原作とした映画と説明されてもピンと来なかったのですが、副題に「夫をシェアしたくはありません!」とあり、これでロマンティックコメディというよりも昔ふ…

「アイダよ、何処へ?」

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のなか一九九五年七月に起こったスレブレニツァの虐殺を再現した本作の再現力はたいへんなもので、わたしはひたすら息をのんでスクリーンを見つめていました。事態を再現するという映画のもつ力が最大限に発揮された作品だと思…