「世界一美しい本を作る男」

映画を観る前の夕刻のひととき、映画館に近い青山通りに面したスターバックスで『須賀敦子全集』第一巻を手にした。さいしょに『ミラノ 霧の風景』がある。はじめの二三分で優れものと知れる多くの映画のように、この本も「乾燥した東京の冬には一年であるかないかだけれど、ほんとうにまれに霧が出ることがある。夜、仕事を終えて外に出たときに、霧がかかっていると、あ、この匂いは知ってる、と思う。十年以上暮らしたミラノの風物・・・・・・」という書き出しでたちまち、よい作品に出会ったな、と直覚的に感じた。名前も、高い評価も知っていたが読むのははじめてだ。
『ミラノ 霧の風景』は一九九0年に刊行されている。あのころ書評を読んで心動いたが読むには至らなかった。評判がよいからというだけで接してもロクなことにならないと思っているし、内発性のないまま一般教養として読んでおこうかくらいの気持で読んでも心に残ることは少ない。そのためにわたしの読書の幅が狭くなったのは甘受している。
それがいまになって須賀敦子を読もうという気が湧いた。同書の刊行からおよそ四半世紀経ってようやく機は熟したのだ。
『ミラノ 霧の風景』との出会いのあとシアターイメージフォーラムで「世界一美しい本を作る男」を観た。ドイツの小さな出版社シュタイデル社を主宰するゲルハルト・シュタイデルの本づくりのプロセスを追ったドキュメンタリー映画である。監督は「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」のゲレオン・ベツェル。

スクリーンではシュタイデルとギュンター・グラスが、あるいはカタールへ飛んだシュタイデルと現地のカメラマンが話し合いを重ねている。顔をつきあわせての綿密で徹底的なやりとりを通じて収録作品、使用する紙、インク等が決まるとシュタイデル社は全工程を自社で行い、品質管理に万全を期す。完璧を追求する男がめざすのは「商品」ではなく「作品」であり、ビジネスモデルとしても、その妥協を排した姿勢が効率重視の出版界にあってユニークなものと評価を受けている。ただし上質な仕事ゆえに世界的に著名な写真家や作家であっても刊行にこぎつけるまでにことによれば数年間待たなければならないという。
スペシャリストのプロ根性といえば大時代に過ぎるだろうか。でも分業の世の中で本作りの全工程を自社管理するバックボーンを表現するのにほかの適切な言葉が浮かばない。もっともそこから連想されやすい依怙地な職人気質は「世界一美しい本を作る男」にはなく、あるのは専門性の徹底を通じた画一主義からの脱却であり、その過程で生まれる他者とのつながり、そしてこの生き方を選び取ったゲルハルト・シュタイデル氏の人生である。
映画のあとハイボールを飲んでいると、ほろよいの心に素敵な写真と挿絵を配したシュタイデル社版『ミラノ 霧の風景』が浮かんだ。
(九月二十五日シアターイメージフォーラム