「私が愛した大統領」

原題の「HYDE PARK ON HUDSON」が示すように舞台はホワイトハウスではなくニューヨーク州ハイドパークのフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の私邸で、当地の風景が素晴らしく、眺めていてとてもよい気持になった。ここでは月夜の草原をドライブする車中の煙草の火まで美しい。
この屋敷にルーズベルトビル・マーレイ)の従妹であるデイジーローラ・リニー)が大統領の平素の話相手になってほしいと呼ばれる。多忙を極める息子への母親の心遣いだが、これがいまふうに言えば不倫に発展する。妻はいるがふだんは別居していて、しかし破綻した関係にはない。いっしょにいるときは相応に心通うカップルだ。互いが自由に振る舞うのを認め合っているのか妻にはレスビアンの嗜好があり、夫は女性秘書を愛人にしていて、これにデイジーが参入した格好だ。みんなそれで納得しているようで、古き良き時代、マスコミもおっとりしたものだったとのちにデイジーは述懐していたそうだ。

一九三九年の五月から六月にかけて英国王ジョージ六世と王妃エリザベスが北米を訪問し、このかんにハイドパークにやって来る。ジョージ六世からすると「英国王のスピーチ」の前夜譚である。
訪問の趣旨はナチスへの対応方針、世界大戦となったときの協力のありかただが、両者の政治を潜ませたやりとりと相互理解ー大統領は国王に語る「吃音がなんだ、私は小児まひだぞ」「あなたには選挙がないが、こっちは選挙があるんだ」ーが見どころだ。
いっぽうで、ピクニックに行ってホットドッグを食べようなんて言う大統領に、陰ではエリザベス王妃がそんな下賤なものを食べさせるのかと立腹し、それに唯々諾々としている国王にも不満をつのらせる。「世紀の恋」シンプソン夫人との結婚のために退位した兄エドワード八世に代わって即位した弟ジョージ六世に対して、兄君だったら大統領にそんな言葉はけして口にさせなかったと王妃は遠慮がない。国王もつらいよ。
他方、国王の訪問に妻、母親、秘書は公的にしかるべき位置を占めるが、デイジーのばあいはどう扱えばよいのか、こちらも付随してくる問題にいろいろと気を遣わなければならない。
ここのところ英国王夫妻とのやりとりが表に出て、本筋の大統領とデイジーとの関係が裏に廻り、主題が分裂気味となるけれど、ルーズベルトが他者とどんなふうに波長を合わせていったのか、大きくはルーズベルトにおける人間の研究という点では一貫している。
ラストではホットドッグを頬張る英国王になみいる記者がシャッターを切る。アメリカ市民はその姿に親しみを覚え、ホットドッグを政治利用してとりあえず一段落の大統領はデイジーとハイドパークをドライブだ。「ノッティングヒルの恋人」のロジャー・ミッシェル監督の渋く皮肉なユーモアににやりとしながら劇場をあとにした。
(九月十八日TOHOシネマズシャンテ)