英語のノートの余白に(5)men

英語の学び直しの一環で伊藤和夫『英文解釈教室』(新装版、研究社)を読んでいる。Amazonのコメント欄には、旧帝大クラスを志望する受験生のほかは必要度は高くないとあったから、止しておこうかなと思ったが、そこまで書かれると怖いもの見たさがよけい募ってけっきょく購入に及んだ。

一九七七年に初版が刊行されていて、一九九七年に改訂版が出されている。そしてその年に著者は歿した。初版刊行から半世紀近く経ったいまなお広く行われている受験参考書、そのことじたいが本書の評価を示している。出版の歳月が、定評ある受験参考書の証明となっている。定評あるというのは一面で高度な内容を含む意味合いもあるのだろう、なかなか手強い。

いっぽう四十年以上前に刊行された本だから一部の例文や記述にいわゆる時代がつく、古びてしまうのは否めない。しかも著者は故人となっているから改訂は難しい。その一例。

From every side the warning reaches us that men are rising because they are not treated as men. (人間らしい待遇を受けてないという理由で人々が立ち上がりつつあるという警告が、あらゆる方面から我々のところに届いている)

男も女もいて人間社会なのに、人間をmenと総称するのはなんとかならないかと考えると、それこそ警告したくなるほどだ。「男性中心主義」の傾向をもつ英語のこれからはどうなって行くのか、ことは言葉の問題に限らない。

ちなみに『OALD』(第6版)の「活用の手引き」を担当した豊田晶倫氏は、「人類」(the human race)の意味では、man、mankindに代わってhumanity、 the human race 、human beingsが望ましく、仕事(job)についてもわざわざactress(女優)、 hostess(ホステス)、waitress(ウェイトレス)といった女性であることを示す語も使われなくなるでしょう、actor、 host 、waiter、でかまわないと述べている。

クエンティン・タランティーノ監督作品『その昔、ハリウッドで』を監督自身が小説化していて文藝春秋田口俊樹訳)から刊行されている。なかに俳優リック・ダルトンと子役俳優トゥールーディ・フレイザーのこんなやりとりがある。

「昼食は食べないのか?」

「撮影前にお昼を食べると鈍くなっちゃうから。演技に障害を避けるのは俳優のー女優ってことばは合理的じゃないからあくまで俳優ねー当然の仕事」。

一九六九年の話で、フィクションではあるけれど、鋭い子役はactressは合理的ではないと見抜いている。