「ジェイソン・ボーン」

マット・デイモンのボーンがスクリーンに帰ってきた。監督は「ボーン・スプレマシー」「ボーン・アルティメイタム」とおなじ、そしてマット・デイモンがこの人なしに続篇はありえないと語っていたポール・グリーングラスだ。

手持ちキャメラを駆使した臨場感あふれる語り口、時を忘れさせる隙のない描写が冴えわたる。冒頭アテネにおけるECに対する大規模な抗議デモのシークエンスがあって、二00七年の「ボーン・アルティメイタム」からの時間の経過と現代のカオスが示される。この混沌のなかで喪失した記憶を取り戻すボーンの戦いの新章では父親の死のいきさつとボーンがCIAの暗殺者養成プログラム「トレッドスターン」へ志願した理由が解き明かされる。
CIAには「トレッドスターン」の全貌を知るロバート・デューイ長官(トミー・リー・ジョーンズ)がいてボーンの殺害を命じる。いっぽうに長官の措置に疑問を覚えてボーンをめぐる事象の真相解明を試みようとするヘザー・リー分析官(アリシア・ビカンダー)がいる。これまでもボーンを擁護するCIA職員がいてこの組織の亀裂が描かれてきたが、その度合は本作でますます深まった。これも前作からの歳月がCIAにもたらした変化で、ボーンと比肩されるほど知的で非情で行動力に富むヘザー・リー分析官の登場はこれからの展開をいっそうたのしみなものとした。
ボーンはCIAが三千万ドルかけて育て上げた殺し屋だが、任務に失敗して記憶喪失を伴う瀕死の重傷を負い、そのためCIAは証拠湮滅を図るべく彼を謀殺対象とした。狙撃する相手を追い続けてきた男が一転して逃げる立場となる。
特務機関の腕利きが記憶喪失のために理由もわからないまま謀略に巻き込まれるという設定によりわたしたちはプロの諜報員の世界と巻き込まれた男というエンターテイメントの二つの要素を味わうこととなる。
格闘能力の高さ、敵をだしぬく技術、とっさの判断などはプロの諜報員のものだが、巻き込まれた男としては不本意であっても生き延びるためには闘って危機を脱出しなければならない。諜報員としてのオフェンスと巻き込まれた男のディフェンス、ボーン・シリーズの大きな魅力にこの二つの微妙なバランスがある。
(十月十七日TOHOシネマズスカラ座