「われらが背きし者」

ロッコで休暇中のイギリス人夫婦―大学教授の夫ベリー(ユアン・マクレガー)と弁護士の妻のゲイル(ナオミ・ハリス)―がディマ(ステラン・スカルスガルド)という男と偶然知り合い、かれの自宅でのパーティに呼ばれたことで家族をも知る。二人は知らなかったがディマはロシアンマフィアの財務担当の幹部で、組織内の軋轢から失脚が避けられない身となっていた。
追い詰められ、自身と家族のイギリスへの亡命を決意したディマはベリーとゲイルに亡命の取引材料となるUSBメモリを渡し、帰国してMI6に届けるよう依頼する。夫婦はとまどいながらも「協力してやらないと子供たちが殺される」といった思いからやむなく受け取りMI6のヘクター(ダミアン・ルイス)に渡す。そこにはロンドンに開設される銀行がロシアンマフィアの資金洗浄を企図したものであり、円滑な開設のための賄賂の行き先としてイギリス政財官界の高官、有力者たちの名前があった。
ヘクターは上司の承認が得られないままにディマの亡命を企てる。ベリーとゲイルの行動はディマと家族の命を救ってやりたい一心だったが、そのためにはディマが渡英して銀行設立をめぐる一部始終を暴露するというヘクターの作戦が実現しなければならない。いっぽうで収賄に絡む高官はヘクターの動きを知り、ディマの亡命の阻止を図る。こうした複雑で混沌としたなかでベリーとゲイルは危険な亡命劇に巻き込まれてゆく。

われらが背きし者」の原作はジョン・ル・カレ(本作の製作総指揮の一人でもある)、その映画化は今回で十作品を数える。代表作「裏切りのサーカス」が諜報機関における裏切者(もぐら)の特定、いわばプロの世界での忠誠をめぐる物語だったのに対し「われらが背きし者」は諜報の世界に巻き込まれたふつうの市民の信義をめぐる物語で、その意味で両者は対をなしている。
いずれにしてもル・カレの作品世界は血湧き肉躍り、スカッとしたというわけにはゆかず、その代わりといってはなんだが、静かな興奮と余韻に浸りながらほろ苦さをかみしめることとなる。
原作にこんなやりとりがある。
「あなた方は、自分の国のためなら平気で嘘をつく紳士たちですよね?」
「それは外交官だ。われわれは紳士ではない」
「では、保身のために嘘をつく」
「それは政治家だ。われわれはまったく違うゲームをしている」
そうした政治家や外交官と「われわれ」諜報員そして大学教授と弁護士の夫婦が繰り広げるロシアンマフィア幹部とその家族の亡命劇を観ないで済ます人はえらい。マラケシュ、ロンドン、パリ、ベルン、フレンチアルプスのロケも魅力だ。
(十月二十三日TOHOシネマズシャンテ)