英語のノートの余白に(1)application

英語の勉強で読んでいる江川泰一郎『英文法解説』(金子書房)の例文に、Next Tuesday is the deadline in your application.とあり、お恥ずかしい話だが一瞬戸惑ってしまった。applicationをアプリケーションソフトと解したために、どうして?!となったわけだ。『ジーニアス英和辞典』(大修館書店)をみると、applicationの語義の配列のトップには申請、申込とあり、 アプリケーションソフトは五番目にある。語義の配列は用いられる頻度の高いものから低いものへと順次示されるが、わたしのなかではこの順序が完全に逆転していてコンピューター用語がトップになっていたのだった。

それともうひとつ「次の火曜日が願書提出の締め切り」という例文に、いま若い人たちのあいだでは就職試験の願書よりネットでのエントリーというほうが親しい言葉になっているのではないか、と思った。あくまで 退職して十年以上経った高齢者の観察であるが、ひょっとすると願書提出からエントリーというのも世の移り変わりのひとつなのかもしれない。となるとapplicationの語義の配列も変わる可能性が出てくる。

そうしたことを想像したくなる事例が 『Oxford Advanced Learner’s Dictionary 』( 『Oxford現代英英辞典』以下『OALD』と略称)におけるvirtualの扱いに見えている。同辞書(第6版、2000年)では、virtualの語義として、まず実質的には変わりない事実上の、次いでコンピューター用語、仮想の、が示されている。ところが第10版(2020年)ではトップにコンピューター用語が来て、順序が逆転している。いまの辞書づくりに日常、目、耳にする新聞、雑誌、書籍、インターネット上等の言語、文章や使い方を大規模に収集し、コンピュータで検索できるよう整理されたデータベースである「コーパス(Corpus)」は欠かせない。おそらくここで人々はコンピューター用語としてのvirtualをふんだんに用いるようになり、それが辞書に反映したのである。

英語の学び直しで『英文法解説』と併読している伊藤和夫『英文解釈教室』(研究社)で著者は「言語はもともと自然界の事物とは違って、単語の意味から語法のはしばしにいたるまで、長い時間をかけて成立した社会的な約束の集積である」と述べて、英文解釈のカナメを示している。ただこの定評ある受験参考書の著者は一九九七年に歿していて、このあとコンピューターおよび関連用語の普及で「社会的な約束の集積」はいくぶん変わった。そして、これからも変わってゆくだろう。こうしたなかapplicationの第一の意味はそっちのけに、すぐさまコンピューター用語と解釈するおっちょこちょいも迷い出たのだった。