英語のノートの余白に(2)coquettish

美食批評の名著として誉れ高い『美味礼讃』で、著者のブリア=サヴァランは、ロマネスクな恋愛、コケットリー、モードこそが現代社会を牽引する三つの大きな原動力であり、これらは生粋にフランスの発明であり、とくにコケットリーという概念に関しては、フランス語以外では絶対に表現することができないと強調している。

ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン(1755- 1826)の生きた時代、フランスの冠たるもののひとつにコケットリーのあったことがうかがわれる。これについて玉村豊男編訳『美味礼讃』(中公文庫)には以下の注が付けられている。

「コケットリーという言葉は、めんどりがコッ、コッ、コケッと鳴く音から生まれたとされるが、雌鶏が雄鶏の気を引いて性的な接触を誘うときの求愛行動から、女性が男性を誘うときの媚態、思わせぶりな、ときにはこれ見よがしな、男をその気にさせる言葉や表情、ちょっとした行動などを指すようになった。フランス語から発したこの概念は英語にも伝わり、英語ではコケティッシュという形容詞がよく用いられる」

そこで国語辞典でコケティッシュを引くと「なまめかしいさま。男の気をひくさま(『広辞苑岩波書店)「女性が見せる、なまめかしい物腰。媚。媚態」(『大辞泉小学館)とあり、現代のフェミニズムの観点からの言及はない。

それと対照的なのが『OALD』(第10版)だ。

coquette

literary, often disapproving. a woman who behaves in a way that is intended to attract men

coquettish

literary, often disapproving (of a woman’s behaviour) intended to attract men

いずれもdisapproving=不賛成や軽蔑の感情を示すときに用いる表現、つまり男を魅了しようとする女の行動には否定的で、別にどちらをよしとするものではないが、ここからは日本の国語辞書と『OALD』の辞書についての考え方の違いもみえてくる。