谷中五重塔跡

幸田露伴の小説『五重塔』のモデルとなった谷中の五重塔はかつては谷中霊園のシンボルとしてそびえていた。
小説では、落成式の前夜、江戸は暴風に襲われたが、のっそり十兵衛はいささかも動じない。そして最後に「塔の倒れるときが自分の死ぬとき」と心に決めて塔に上る。一夜明けた江戸は大きな被害を受けていたが塔は無傷のままの姿を見せていた。
明治四十一年(1908年)五重塔東京市に寄贈され、それからおよそ半世紀経った昭和三十二年(1957年)七月六日不倫関係の清算を図るために焼身自殺した男女の心中事件により建立百六十年の塔は焼失し、いまは礎石だけが残っている。
佐々木譲の傑作警察小説『警官の血』のプロローグには塔が火災に遭った夜のことが書かれていて、この夜、谷中の天王寺駐在所の警察官安城清二が謎の死を遂げる。