「キャロル」

デパートのおもちゃ売り場に勤めるテレーズ(ルーニー・マーラ)は、ブロンドで、スタイルのよい身体を毛皮のコートで包んだ素敵な女性がクリスマスプレゼントを探している姿に目を奪われる。のちにキャロル(ケイト・ブランシェット)と知ったその女性は優美で、ひかえめな華やかさを漂わせていた。
こうしてラブストーリーの幕は開くのだが、この時点でテレーズに出会いがもつ意味は不明だ。映画はそこのところをじょじょに、そして丹念に明らかにしてゆく。
テレーズとキャロルを再会させたのはキャロルがデパートに忘れた手袋だった。これをテレーズが返送したことで彼女はキャロルから昼食の誘いを受ける。二人の往来がはじまる。

テレーズの家にグランドピアノがあり、訪れたキャロルは訥々と「イージー・リビング」という曲を弾く。テレーズがキャロルに贈ったクリスマスプレゼントは一枚のLPレコード、それにキャロルが針を落とすとビリー・ホリデイの歌う「イージー・リビング」が流れる。伴奏するのはテディ・ウイルソンの楽団だ。
Living for you is easy living
It's easy to live when you're in love
一九五二年のふたりのクリスマスに一九三七年に吹き込まれたスタンダードナンバーが流れるーあなたのために尽くす生活こそがわたしのやすらぎの生活。
キャロルには夫と幼い一人娘が、テレーズには同棲する恋人がいる。けれど「イージー・リビング」とは言い難く、同性の恋愛は「犯罪」の時代だったが、ここでは極めて自然だ。しかし娘に対する親権が剥奪されかねない事態にキャロルはおびえ、テレーズは苦悩する。
原作は一九五二年という時代環境ゆえにパトリシア・ハイスミスが別名義で出さざるをえなかった唯一の恋愛小説だ。といってもテレーズとキャロルの心の摩擦は「太陽がいっぱい」や「見知らぬ乗客」などでこの作家が描いたサスペンスとスリラーに通じている。
一枚のレコードが重要なアイテムとして用いられていたから言いたい、素敵な曲が散りばめられたLPレコード、ターンテーブルでかすかなホコリが針に触れて出たノイズさえ愛おしい、それも初回プレスの盤を、金にあかせてというのではない、確かな腕の職人技でしっかり作った再生装置で聴かせてもらった、「キャロル」はそんな映画だ、と。
撮影、美術、衣装などスタッフたちのそれぞれが咲かせた一輪の花は繊細な詩情を醸し出していて、「エデンより東へ」のトッド・ヘインズ監督はそれらを束ねて見事な花園とした。
(二月十三日TOHOシネマズみゆき座)
(写真は先日廻ったシチリアカターニャで見かけたポスター)