「フランス組曲」

フランスのレジスタンス文学を代表する作品として名高いヴェルコール『海の沈黙』を読んだのは大学生のときで、四十年以上経ったいまもしっかり記憶に残る、忘れがたい小説だ。
ナチス・ドイツに占領されたフランスの地方都市で、老人と若い姪が暮らす家が接収されてドイツ軍の青年将校が同居する。これに対し、老人と姪はひたすら沈黙を通して抵抗の意思を示す。青年将校は誠実な人だったが二人は沈黙を解かない。やがて将校は転任となり、別れの言葉を口にしたとき、老人は姪がそっと「アデュー」と口にしたのを聞き、秘められた複雑な感情を知る。
なお本作はジャン=ピエール・メルヴィルにより映画化されている。のちのフレンチ・ノワールの巨匠のデビュー作にして名篇である。
ソウル・ディブ監督「フランス組曲」もおなじくドイツ占領地区で接収された家を舞台とする物語だ。

一九四0年六月フランス中部の町ビュシーはドイツ軍の支配下におかれ町の大地主の家屋も将校用の住居として接収される。ここには結婚して三年、戦地に赴いた夫を待つ妻リュシル(ミシェル・ウィリアムズ)と、夫の母(クリスティン・スコット・トーマス)が住んでいて、リュシルは厳格な義母との生活に窮屈さを感じている。
そこへやって来たのがドイツ軍中尉ブルーノ(マティアス・スーナールツ)で、リュシルは彼が弾くピアノ曲に惹かれる。聞けばブルーノが作曲した作品だった。ピアノと音楽を媒介にリュシルとブルーノは惹かれあう。そんななかリュシルは夫に義母も知る愛人と隠し子のあることを知る。
やがて二人の関係は義母や周囲の人々の眼にさらされ、ドイツ軍将校を色仕掛けで篭絡した女という視線もついてまわる。不遇な時代における悲運の愛をきっかけにリュシルとブルーノそして義母をはじめとする周囲の人々は生き方が問われ、人生の転機を迎え、そして物語はスリリングなほうへと加速する。
レジスタンスを下敷きにした格調のある恋愛映画だ。作曲家であるドイツ軍中尉が弾く曲は甘く切なく、フランスの田舎町の映像は美しい。ドイツ人はドイツ語を、フランス人は英語をしゃべる言葉の問題は惜しまれるが、それでも役者陣の繊細な表情やしぐさは魅力で、人々の複雑な思いや感情を原作に見てみたくて映画館を出るとさっそく訳書をもとめた。アウシュビッツで亡くなった作家イレーヌ・ネミロフスキーの未完の遺稿を娘が出版し、フランスの四大文学賞のひとつであるルノードー賞に輝いたベストセラー小説である。
アウシュビッツで落命した作家が『海の沈黙』のような厳しい作品ではなく甘く美しい恋愛を含んだ物語を書いたのにはどのような思いがあったのだろう。
(一月十一日TOHOシネマズシャンテ)