「ナポリを見て死ね」(伊太利亜旅行 其ノ四十三)


ナポリを見てから死ね」といわれるほどこの都市の風光明媚な景観は素敵なものらしい。どうしたことかわたしは成人してからもなおナポリをベニスと取り違えて「ベニスを見て死ね」と思いこんでいた。刷り込みのいきさつや、何がきっかけでまちがいと知ったのかは記憶にない。
ナポリは先年ポンペイの遺跡へ行くとちゅう食事休憩したがこれまでに観光の機会はなく、ことわざの知識は修正したけれど「ベニスを見て死ね」に抱いた心情はいまなお引き続いていて、だから今回のヴェネツィアは大げさにいえば生涯を賭けた観光だった。
まちがいなくわたしの取り違え、刷り込みを強化したのにデヴィッド・リーン監督の名作「旅情」の影響がある。キャサリン・ヘプバーンのヒロインが一夏に体験した出会いと恋と別れのメロドラマ。このロマンスを通して見たヴェネツィアは「ベニスを見て死ね」を実感、確信させるものだった。