ヴェネツィアへ(伊太利亜旅行 其ノ四十四)

「旅情」のジェーン・ハドソン(キャサリン・ヘプバーン)は三十八歳の独身女性、アメリカの地方都市で秘書をしている。念願だったヨーロッパ旅行。ロンドンとパリを観光したあと最終目的地のヴェネツィアへは鉄道を使っていた。むかしは船路だけだったが、いまは自動車道路、鉄道の三択で、わたしたちは水上バスで向かった。
矢島翠『ヴェネツィア暮し』には、船路がもたらす詩的で衝撃的なこの町との出会いにくらべると自動車道路、鉄道は「散文的」で、旅行者は「ここがヴェネツィア?」と自問自答を繰り返すとある。列車か車をおりてすぐに運河やゴンドラというわけにはいかない。つまりワンクッション置いたあとに「水の都」が顕れる。
ジェーンが鉄路でやって来たのも、だんだんとスクリーンにヴェネツィアらしさを映し出す戦略だったのかもしれない。