「シャイニーストッキングス」

たとえば晴れてさわやかな風のそよぐ夕方、交差点に向かってあるいていると、前で信号待ちしている人たちに夕日が射して、スーツ姿の女性の肌色のストッキングがかすかな赤みを帯びた輝きを発する一瞬があったりする。
こんなとき「シャイニーストッキングス」を思い出すジャズファンは多いのではないか。カウント・ベイシー楽団の演奏で一世を風靡した名曲で、とりわけ「ベイシー・イン・ロンドン」に収めるヴァージョンは名高く、ビッグバンドジャズの醍醐味が味わえる。スモールコンボでは鈴木章治とリズムエースのおしゃれで、春風駘蕩とした感のある演奏がわたしのお気に入り。
一九五六年ベイシー楽団のスターサックス奏者だったフランク・フォスターが作曲し、オリジナルの歌詞はジョン・ヘンドリクスが付けたが、のちにエラ・フィッツジェラルドが自身で歌詞を書いて歌っていて、わたしの手許にあるヴォーカルのアルバムはすべて後者を採りあげている。
「あなたとのデートはいつもとっておきの絹の靴下 、するとあなたは素敵な脚だって褒めてくれた、それがなによ、よそ見ばかりするようになって・・・・・・心変わりした男なんてもういいの、さようなら、きっと素晴らしい彼氏を見つけるわ」といった具合。

映画の世界ではエルンスト・ルビッチ監督、グレダガルボ主演の名作「ニノチカ」がリメイクされてミュージカル映画「絹の靴下」となったとき、シルクのストッキングは資本主義社会の輝きと女性美の象徴とされた。ソビエトからアメリカを訪れた共産党員の鏡である女性官僚ニノチカシド・チャリシー)がアメリカ人の映画プロデューサー、カンフィールド(フレッド・アステア)にほのかな思いを寄せたとき、女心をくすぐったのがシルクのストッキングだった。
小説ではアーウィン・ショーの短篇「夏服を着た女たち」を思い出す。
休日のニューヨークを散歩する中年夫婦のスケッチ。街を行く美しい女たちに頻繁に目移りがする夫。もちろん妻はおもしろくない。そしてちょっとしたいさかいが生じた会話はだんだんとオーバーヒートして、レストランで飽和点に達しようとしたとき、たまたま妻が電話に立ち、その後ろ姿に目を遣った夫は、なんて魅力的な女なんだろう、なんて素敵な脚なんだろうと感じ入る。
「シャイニーストッキングス」の歌詞にある若いカップルのその後もこんなふうになるのではないでしょうか。
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ジャズ、スタンダードナンバー、ミュージカル映画ファンの必携書、和田誠『いつか聴いた歌』にある楽曲群を究めたいとの思いをずっと抱き続けてきた。その増補改訂版が出て、これまでの百曲に「ボーナストラック」として三十曲が加わった。これにあわせてコンピレーションのCDが発売されたのもうれしく、つい先日には続集も出てたのしさ倍増。
もっともお気に入りのあの曲が入っていない、あの歌手がいないというのはこの種の本の常で、「シャイニーストッキングス」が入っていないのをこれ幸いと自分で書いてみました。