海外旅行の大衆化(伊太利亜旅行 其ノ四十二)

二十世紀のはじめのフィレンツェにはイギリスからの在住者にくわえ多数の旅行者がやって来ていた。海外旅行の大衆化が進むと海外に出向くことを特権のように感じていた人のなかには新しい状況に冷たい視線を送る人も現れる。
E.M.フォースター眺めのいい部屋』のイーガー牧師は、無礼を許していただければ、現地在住者のわたしは観光客を少なからず気の毒に思うとしたうえで「ヴェニスからフィレンツェへ、フィレンツェからローマへと、まるで手荷物のように受け渡され、ペンションとかホテルとかに一緒に押し込まれ、ベデガー(旅行案内書)に載っていないことは何も知らない。ただ『見た』とか『行った』だけをこなして、つぎの場所に移動する」と辛辣だ。
今回のわたしたちの旅はまさにこの牧師が語っている通りのものだったけれど、辛辣な言葉の裏には特権を失った者のスノビズムが見え隠れしているようだ。
(写真はヴェネツィア