『HHhH プラハ、1942年』余話

ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』(高橋啓訳、東京創元社)の訳文はとてもわかりやすく読みやすい優れもので、読んでいるうちに何度か村上春樹が書いた歴史小説と錯覚しそうになった。妄言御免。
もっともすらすらとは読めなかった。登場人物、また言及されている文学、映像作品は多数にのぼり、しかもすべて実在のものだからどうしてもこの機会に調べておこうとなる。以前なら手許に調べる手段がないばあいは目をつむって読み進めるしかなかっただろうが、いまは傍らにiPhoneという強い味方がある。

この前に引用した「手に入るかぎりのありとあらゆる資料をむさぼりながら、公開される映画を次から次へと見に行きー『戦場のピアニスト』『ヒトラー〜最期の十二日間』『ヒトラーの贋札』『ブラックブック』等々ーテレビもケーブルテレビのヒストリーチャンネルに固定されたままだ」といった箇所にある作品ならばiPhoneを手にしなくて済むけれど「ハイドリヒを題材にしたフィクションに、僕はたまたまいくつもお目にかかってきた。今度は『鷲たちの黄昏』というテレビ映画、ロバート・ハリスの『ファザーランド』を脚色したものだ。主役はルトガー・ハウアーが演じている。リドリー・スコットの『ブレードランナー』のレプリカント役で一躍スターダムにのし上がったオランダ出身の俳優だ」となるとそうはいかない。
SFっぽい小説は苦手だけど、この際『ファザーランド』を読んでおくか、と古本価格を調べたり、『鷲たちの黄昏』というテレビ映画はDVDになっているのか見ておかなくてはとiPhoneを手にする。ついでにルトガー・ハウアーの顔も確認しておこうとなるから、すらすらと読めなかったという事情はわかっていただけるだろう。

本書にある文献や映画を丹念に拾っていくと、作者ローラン・ビネの史・資料の扱い方とともに「金髪の野獣」の暗殺事件はもちろんナチの動きや戦時下のプラハにおける抵抗運動等についての相当詳しい知識、認識が得られるだろう。小説に索引という話はあまり聞かないが、文献、映像目録として文庫化するときにはぜひとも索引を付けるよう希望しておきたい。