「仕まり」の感覚

テレビのコマーシャルに刺激されてものを買ったおぼえがない。もちろん陰に陽に影響は受けているのだが、すくなくともコマーシャルで、よし、こんどはこの珈琲だとか、あのビールにしようなんて思ったことはない。いくら役者、タレントさんが「ちがいのわかる男」とか「男は黙って」とかそれらしい表情をするのを見ても、イメージキャラクターで製品の質が担保されるはずはないから相手にしなかった。ところがこの歳になって地下鉄で見た吉田羊さんの焼酎のコマーシャルに魅せられ、さっそく彼女の飲む「木挽ブルー」を通販に註文した。
これをいきつけの飲み屋さんでよくごいっしょする某テレビ局のディレクター氏に語ったところ、吉田さんは焼酎大好きらしいとの話だった。心のこもったコマーシャルにこちらの心も動いて、なんだか「出会っちゃったかも」。
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お茶の水に用があり本郷通りをあるいていると東大正門の美しく色づいた銀杏が目にはいった。安田講堂はこの奥にある。バリケードで占拠した東大全共闘とかれらを排除しようとする機動隊とが衝突したのは一九六九年一月十八日、わたしは高校三年生で大学受験を控えていて、合格してはやく東京へ行きたいなと願っていた。全共闘イデオロギーもめざすところもよくわからなかったが、怒れる若者のはしくれではあった。

それからおよそ半世紀、怒る気力も乏しくなったもと怒れる若者はいま安田講堂のお近くに住む老爺である。まこと、水の流れと人の身の行末は計りかねる。せっかくだから明日待たるるその宝船もあきらめずに期待しよう。
帰宅して開高健のエッセイを読んでいると「テレビを語る」という一文に「昔、力道山が『戦争するかわりにプロレスをやるんだ。プロレスをやらなければ戦争がおこる』と言ったのを、確か聞いた記憶があるが、ちょっと名言だよ。あれは』とあった。プロレスと安田講堂攻防、わたしの騒動心が最大限に刺激された映像の双璧だった。
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十一月二十五日フランスで行われたラグビーテストマッチ、日本対フランス23-23。
日本時間では二十六日早朝、めざめてテレビの前に座ったのが朝の六時、ちょうど後半がはじまったところだった。これまで勝利のなかった相手に引き分けたのはまことにめでたい。先週のトンガ戦とおなじく、ジャパンはスピード感のある溌剌としたプレーぶりで2019WCベスト8への期待が高まった。
それにしてもフランスは不甲斐ない試合をしたものだ。ノーサイドの直前ボールを保持しているにもかかわらず、キックをして相手チームに渡してしまったのは勝利への意欲が疑われても仕方がない。引き分けでいいやといった投げやりな態度と映った。監督、コーチと選手たちとの関係が悪化しているのかもしれない。
フランスのメディアは勝利に値したのは日本だと論評した。試合後、フランスチームのサポーターから激しいブーイングが起きたとの報道もあった。監督もブーイングには納得していると語っているのだから世話はない。引き分けとはいえ勢いとやる気でずいぶん開きがあった。マイケル・リーチキャプテンが語ったように日本の「誇れる試合」だった。
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佐藤雅美の人物評伝小説『知の巨人 荻生徂徠伝』『覚悟の人 小栗上野介忠順伝』『江戸繁盛記 寺門静軒無聊伝』を一気に読んだ。荻生徂徠(1666-1728)、小栗忠順(1827-1868)、寺門静軒(1796-1868)は魅力的な人選だ。
三人のうち小栗忠順(写真)、寺門静軒は同時代人だが、小栗伝が幕末の政治、財政の、寺門伝が社会史の視点から記述されていて異なる角度から時代相が浮かび上がる。

また荻生徂徠と寺門静軒は生まれた年で百三十年の開きがあり、二人の伝記からはそのかんの社会経済の変化が見てとれる。
徂徠は『政談』で、麦粟稗等の雑穀は米に代わり、味噌が口に入るようになり、濁り酒は清酒に、火を起こすのは枯葦から薪に、寝起きはむしろやこもから畳の上のこととなったと庶民生活の変化を具体に指摘している。
そうして静軒は、自分がまだおさなかったころは女髪結はいたがその数はすくなく芸者や囲い者を相手にしていたのが、いまでは九尺二間の裏長屋に住む女まで女髪結に結ってもらうようになったと述べている。
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寺門静軒の関連で荻生徂徠『政談』を拾い読みしていたところ、昨今は「仕まり」のない世の中になったと述べた箇所があった。貨幣経済の浸透、一年もしくは数年契約の出替り奉公人および農村で食い詰めて城下に流入する人々の増加、出替り奉公人による契約途中の逃亡や使い込み事件の頻発などを指しての表現であり、徂徠の同時代に対する感覚として興味深い。
昔ルーズソックスが流行したとき、だらしがない社会の象徴と感じたものだった。ファッションから見える「仕まり」のない世の中である。そこでふとイギリスの政治学E・H・カーを思った。
一九一九年から三九年の戦間期における政治と政治思想を分析した名著『危機の二十年』でカーはユートピアに覆われた政治的思考を徹底的に批判するとともに国際秩序が権力にだけ基づいて築かれるはずはなく、被支配者の同意という道義的基盤をも必要とすると説いた。権力という要素の無視はユートピア的であり、世界秩序において道義を無視するのは偽のリアリズムである。
こうしたバランス感覚をもつ碩学が一時とはいえヒトラースターリンを相当に肯定していた。自由放任主義経済のあり方に関わっての議論だったが、ひょっとするとカーは第一次大戦後の世界を「仕まり」のない世の中と感じていて、ヒトラースターリンに心が振れたのはそうした感覚が作用したのかもしれないと想像した。
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NHK時代考証を担当されている大森洋平氏の『考証要集』(文春文庫)に、江戸時代、武士ならひげはきちんと剃るのが常識で、ひげを伸ばしてよいのは隠居をしてからだった、明治になってちょんまげが禁止になり、その代償としてひげが流行したともいわれるとあった。頭髪とひげとは大きく関係するらしい。
ときに頭髪がすくない方がひげを伸ばしているのを見ると双方が代償関係にあると映る。わたしのばあい頭髪はすくなくなったがひげを伸ばす気はない。ひげをたくわえている方を見て、いいなあと感じることはあっても自分がそうしようとは思わない。だいいち手入れがうるさそう。昔から短髪なのはスポーツで汗をかく機会が多く、シャワーを浴びても乾きが早いうえに、どう手を加えても見栄えのする男ではないという事情もある。
おなじく『考証要集』の「感動をありがとう・感動をもらった」の項に「そもそも感動は身の内から湧き出るのであって、他人とやり取りするものではない。(中略)軽薄な言葉遣いであるから、紳士淑女は実生活でも用いるべきではない」とあった。わたしは紳士の類いではないが、この言い回しにうさん臭さを感じていた。それが何に由来するのかについて、大森氏の理路整然たる説明でよく理解できた。
またこの言葉遣いに対する林真理子の批判が引用されていて「広告代理店やマネージメント会社がマニュアル化した、好感度アップのための、心が通っていない空疎な言葉」とある。林さんは名前のみ知る人だがこれで一気に好感度アップ、何か読んでみたくなった。
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カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞記念としてBS・TBSで綾瀬はるか主演「わたしを離さないで」の再放送があった。はじめ二0一六年一月から同局系列で放送されている。原作を読み、映画も見ているが、日本のテレビ局がドラマ化していたとは知らず、たまたま再放送を番組表で見て視聴した。遺伝工学と生命倫理を照射した名作を丹念にドラマ化していた。
テレビドラマは契約しているBSやCSチャンネルで見ていて多くは再放送である。在職中はテレビドラマとご縁がなく、「刑事コロンボ」をいまようやく初回から追っかけているところだ。
そうした事情で、民放が製作した旬のテレビドラマを民放チャンネルで見ることはまずないと言ってよく、評判の「半沢直樹」も一度も見ていない。そんなわたしがBS・TBSにチャンネルを合わせたのである。この前、民放でテレビドラマを見たのは市毛良枝が平山紀子を演じた「東京物語」だからずいぶんと久しぶりで、調べたところ一九八九年二月二十五日に「新・東京物語」としてTBSが放送しているから二十八年ぶりとなる。どうってことないと思ういっぽうで、これは「事件」じゃないかという気もする。ちなみにNHK製作のドラマもほとんど見ないけど、こちらの直近は二0一四年のレイモンド・チャンドラー原作「ロング・グッドバイ」(主演は浅野忠信)だが期待外れだった。
それはともかく二十八年ぶりの民放ドラマはあまりにコマーシャルが多くてびっくりした。ほとんどが番宣で、それも毎度おなじ番組のお知らせだ。箱根駅伝中継のコマーシャルの多いのにはうんざりするがテレビドラマのコマーシャルもこんなに多かったんですね。しかもけっこう佳境のところではいる。計測したわけではないが四分の一近くはコマーシャル、せめて吉田羊の「木挽ブルー」に会いたかったのだが、それはなかった。つまらなければさっさと断念したところだがそこはカズオ・イシグロ原作のドラマだ。しっかり惹きつけられました。
録画じゃなくリアルタイムで見た方は膨大なコマーシャルにつきあったのだから偉いね。安倍首相が道徳教育の強化と人間形成を叫んでおられるが、なかで忍耐、辛抱、我慢の徳目については民放ドラマを視聴させることで十分なような気がする。