東京駅丸の内駅舎

一九一四年(大正三年)に辰野金吾により設計された丸の内駅舎の復原・保存が竣工した。これを機に東京ステーションホテルも新装オープンとなった。
一九七九年に中国へ行った際には東京、地方を問わず二十人ほどの訪中団みんながこのホテルに宿泊し、翌朝成田へ向かった。あのころ新空港へ行くのはまだ不便だった。訪中前夜は友人とホテルニューオータニにあったクリスタル・ルームでディナーショーを観た。おめあては吉田日出子とオンシアター自由劇場のジャズバンドによる「上海バンスキング」の挿入曲の歌と演奏。
思えば二十代の終わりで給与は低く、二人の子供を育てるさなかにあったにしてはえらく贅沢をしている。無理もしたし、させてもいただいたわけだが、心の底にだんだんと給料は高くなるのだからとの楽観があったのだろう。若かったあのころ、何も怖くなかったんですね。電話の音にびびったり、勤務年数を重ねるほどに年収が下がるなんて当時だれが想像できただろう。