ポンヌフを渡り、サン・ジェエルマン・デ・プレに向かう途中には数軒の古本屋が並んでいる。フランス文学者河盛好蔵先生の名エッセイ集『河岸の古本屋』のもたらすイメージもあり、セーヌ川沿いの古本屋はいかにもパリという気になる。
「自分は中学校で初めて世界歴史を学んだ時から、子供心に何と云ふ理由もなくフランスが好きになつた。自分は未だ嘗て、英語に興味を持つた事がない」と書いた永井荷風を十代で知っていたらあるいはフランス語を学びたいと考えたかもしれないが、いまでは詮ない話で、さいわいこれらの店には古いパリの絵葉書や昔の劇場のポスターのレプリカなどが置いてあり、さほど高くもなかったので数点買った。
戦前、パリを訪れた野上弥生子は、鬚面の鳥打帽のおやじが、呑気そうに店番をしている古本屋に見られるようなセーヌ河岸ののんびりしたたたずまいはテムズや隅田川にはない独特のものと書いている。