瞬間日記抄(其ノ十一)


日本映画専門チャンネルで「下町」を観る。戦後四年目の春。シベリアに抑留されたまま生死不明の夫をお茶の行商をしながら待つ女(山田五十鈴)と荒川河川敷にある鉄材置き場の番小屋にいる男(三船敏郎)とが知り合いになる。木訥とした親切な男だ。男の妻は夫がシベリア抑留中に別の男に奔っていた。





「下町」の女には男の子がいる。ある日、男は女とともに子供を連れて浅草へ出かける。その帰途、激しい雨に降られ、三人は小さな旅館に泊まった。夜半、男が彼女にささやきかけ抱こうとして、一度は女は拒否したものの心は崩れ、男の身体に激しくかきついた。翌朝、男は結婚を固く約束する。数日後、番小屋を子供とともに訪ねた女に、数人の見知らぬ男達が男の死を告げた。前日、鉄材運びの帰途、トラックもろとも川に落ちたという。黒板には、彼女に宛てたメッセージがあり、二時まで待っていたと書かれていた。女は子供を連れとぼとぼ土手を歩いて行く。


千葉泰樹監督の名編「下町」には戦後の混乱した世相を背景に、戦争で傷を受けた貧しい男女のささやかな愛情が描かれている。原作は林芙美子の同名小説。六十分の上映時間に一瞬の隙もない。貧相な旅館の一室で山田五十鈴三船敏郎に抱きつくシーンの哀切なエロティシズムは忘れがたい。

清水宏監督「都会の横顔」は銀座で迷い子になった子供をサンドイッチマン池部良と靴磨きの有馬稲子が子供といっしょに母親を探して銀座のあちらこちらつれて歩く、おそらくオールロケの映画だ。昭和28年(1953年)当時の銀座八丁の風景が眼に、そして心に沁みる。







「その場所に女ありて」は昭和37年(1962年)、鈴木英夫監督作品。広告会社間の激しい競争の渦中にいる女性、彼女たちは男と対等にわたりあうというか、男まさりでわたりあってはじめて対等になると考えている。それは当時の進歩的フェミニズムの表れだったのだろう。

主人公矢田律子(司葉子)の姉(森光子)は若い男に入れあげている。会社にも男で身を持ち崩す女性社員がいる。律子もライバル会社の男性(宝田明)に恋心を抱いたあげく広告を取られてしまう。仕事の喜びと悩み、恋の葛藤と裏切りを丹念に描くなかから律子の凛とした姿が浮かび上がる。





この映画のプロデューサーは金子正且。藤本眞澄の片腕として映画製作に従事、並木座の経営にも携わった。二00四年年ワイズ出版刊行の『プロデューサー金子正且の仕事』には「その場所に映画ありて」という副題が添えられている。金子にとってこの映画はいとおしい作品だったにちがいない。

「その場所に女ありて」で鎬を削る広告会社は博報堂電通をモデルとしている。『プロデューサー金子正且の仕事』によると司葉子は前者、宝田明は後者ということらしい。昭和二十八年の「都会の横顔」から十年ちかく経った銀座が舞台だ。二つの作品に映る銀座街頭の映像を見比べて時間を忘れてしまう。







トゥルー・グリット」はジョン・ウエイン「勇気ある追跡」のリメイク作品だ。前作がジョン・ウェイン演ずる老保安官の物語だったのに対して新作は保安官を雇ってまでして父の仇をうつ娘の物語。演ずるヘイリー・スタインフェルドは十四歳。その気丈夫なさまは演技とは思われないほどだ。