「暴力行為」〜収容所からの脱走をめぐって

Amazon  Prime  Videoの魅惑のモノクロ旧作群に「暴力行為」が収められていて十数年ぶりに再会しました。ナチス戦争犯罪を問い、また信念を貫く人物を多く描いたフレッド・ジンネマン監督(1907-1997)の初期の作品です。 あまり知られていないとおぼしい秀作にこうして出会えるのはじつにうれしい。

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第二次世界大戦の末期、ドイツ軍の捕虜となりながらようやく合衆国に帰国した二人の男が、戦後のいま追う男(ロバート・ライアン)と追われる男(ヴァン・へフリン)の対立する関係にあります。はじめは追う男の不気味さが強調されるばかりで、そこにいたった原因やいきさつはわかりません。かれらの戦中と戦後のあいだに何があったのか。この謎が物語の進行とともに解明されてゆきます。ネタばれを避けたいので詳しくは書けませんが、要は収容所からの脱走に起因しています。

ハリウッドには「大脱走」や「第十七捕虜収容所」のように収容所からの脱走をテーマとする作品がいくつかあり、本作もそのひとつですが、脱走の過程を描くのではなく、脱走計画が戦後に尾を引いているという意味では、本格に対する変格といってよいかもしれません。

映画が公開されたのは一九四八年ですから、男たちが収容所にいたのはつい昨日のことでした。戦争の記憶はまだ生々しく、捕虜生活にサスペンスを絡めた作品はどんなふうに鑑賞されていたのだろう、といささか気になりました。そうそう、ヴァン・ヘフリンの妻役をジャネット・リーが演じていて、多くの映画ファンにはうれしいキャストとなっています。「サイコ」(1960年)の十二年前です。

エンドマークのあとふと、欧米の人はけっこう収容所から逃亡を企てるのに、日本人はしない、というかそんな事例はないといってよいのじゃないかな。寡聞にして日本人が収容所からトンネル掘って逃亡した話は聞いたことがなく、先にあげた「大脱走」や「第十七捕虜収容所」のような収容所からの脱出を扱った日本映画も知りません。どうしてなんだろうと疑問を覚えました。宿題としておきましょう。 

「寒い国から帰ったスパイ」(マーティン・リット監督)のアレック・リーマスリチャード・バートン)とリズ・ゴールド(クレア・ブルーム)の男女はベルリンの壁を越えようとして憤死してしまいましたが、いっぽう東ベルリンから西ベルリンへ地下にトンネルを掘って移動したという実話にもとづく、その名も「トンネル」という映画がありました。

逃亡の企てが多いと、おのずとトンネルとの関係は密になります。

ルース・ベネディクトが『菊と刀』に「文化の伝統があるところには、戦時の慣行がある。国ごとに多少の異同はあるにせよ、欧米諸国はそのような慣行をなにがしか共有している。(中略)捕虜の行動には、特定のパターンがある。そのようなパターンは、戦争が欧米諸国の間に限定されている場合、予測可能である」(角田安正訳、光文社古典新訳文庫)と書いていて、そこから考えると日本兵が逃亡を企てず、トンネルを掘ろうとしなかったことで欧米諸国の予測は大きく外れたと思われます。