内戦の痕(2016晩秋のバルカン 其ノ二十三)


サラエボ旧市街の商店街にあったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の傷痕。赤く染められた銃弾の痕は人々の記憶を新たにするとともに、再度の内戦があってはならないと訴えている。
米原万里プラハのロシア語学校で学んでいたときの親友で、ユーゴスラビアから来ていたヤスミンカも内戦を体験した。二人がロシア語学校以来およそ三十年ぶりに再会したとき、ヤスミンカは米原万里にこう語った。
「私だって、イスラム教を信じているわけではないし、自分がムスリム人だなんて戦争になるまで一度も意識したことなかった。でも、ムスリム人の両親から生まれているのだから、ムスリム人を否定することも馬鹿げているし、自分はユーゴスラビア人だって、ずっとずっと思っていた。それが、今度の戦争が始まって、否応なく誰もが意識せざるを得なくなった。人間関係がたちまちギクシャクして壊れていった」。(『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』)