足取りも、心も軽く

最近Amazon musicの仕様が変わって、聞いてみたいアルバムをチョイスするとシャッフルで二、三曲は再生されるが、つぎにはおなじジャンルのおすすめ曲なるものが流れる。つまりアルバム順に一気通貫で鑑賞できない。まあ賛否あるだろうが、わたしには大きなお世話である。いままでのように聴きたければワンランクアップして課金に応じよという魂胆がいやらしい。

そこで十数年前に購入して、Amazon musicの利用とともにほとんど使わなくなっていたiPod を取り出してきて再利用をはじめた。五千曲近くあり、 好きな楽曲はすべてといってよいほど入っている。どちらかといえば断捨離派だが、この機器は置いておいてよかった。

山口百恵が引退したころからあとの日本の楽曲はほとんど知らず、欧米の曲はもう少し知っているがまあ似たようなものだ。もっぱら親しむのは若い人からすれば懐メロとジャズのスタンダードナンバーで、そこから先、手を伸ばす余裕はない。

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渡辺徹さんの訃報を知った。命日十一月二十八日、享年六十一。ニュースのあと先日観た映画の原作、平野啓一郎『ある男』を読んでいると、主人公で三十八歳の弁護士、城戸章良が同期の司法修習生だった弁護士の死に「生き足りないまま死んだ若い人間の通夜は、大往生の老人の通夜とはまったく違って、身に堪えた」と感慨を漏らしていた。

里見弴(1888~1983)は晩年「もう飽きちゃったよ」といっていたそうだ。いささかの本音も混じっていたのだろうか、あるいは周囲を楽しませる諧謔だったかはともかく、羨ましい話であり「生き足りないまま死んだ若い人」の無念が余計に偲ばれて、あらためて渡辺さんのご冥福を祈った。

「自分の人生の時間がこんなに短いことに気づいているいまは、それを重みの点で引き伸ばしたいと思っている。人生が逃げ去る素早さを、私がそれを摑む素早さで引き止め、人生の流れ去る慌ただしさを、人生を生きるたくましさで補いたいと思っている」

 若い方の訃報に接したとき思い浮かぶモンテーニュの言葉である。

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十二月六日、中国外務省は会見で「日本の防衛予算は十年連続で増加している」と指摘したうえで「地域の緊張を煽り非常に危険だ」と批判した。 また、日本に対して「平和の道を堅持できるか強い疑問を持たざるを得ない」と述べ、侵略の歴史を例に挙げて「軍事領域で言動を慎むべきだ」と強調した。

わたしは日中戦争は日本の侵略であり、深甚なる反省をしなければならないと考えるが、しかしそうした感情につけ込んで歴史問題を持ち出し「軍事領域で言動を慎むべきだ」などと批判される筋合はない。あえていえばいま現在の日本の国益日中戦争が絡む余地はない。問題は中国の軍事戦略とそれへの対応なのだ。

八月に中国の弾道ミサイル五発が日本のEEZ排他的経済水域)に落下したのは記憶に新しいが、政府与党のなかで公明党がこれを威圧的や脅威とかとする文言を国家安保戦略など公文書に明記するのは好ましくないと反対していると報道があった。どれほど中国が地域の緊張を煽り、危険度を高めているかを政府与党が明確にしないなら、野党が発出すべきではないか。

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十二月十日。サッカーW杯の情報をすべて遮断してクロアチアvsブラジルの録画をみた。両国とも応援する義理はないが数年前にクロアチアを旅行したときの印象がとてもよく、判官贔屓もあって、心はバルカン半島の国に傾いた。それにしても凄い試合だった。延長戦の後半、一点リードのブラジルにクロアチアが追いついたときは思わず大声をあげた。写真はクロアチア旅行の際に買ったシャツ。わたしが持つ唯一のサッカーシャツだ。クロアチアが勝ち進めば着ようと思っていたところ、日本が同国と対戦すると決まって、着るのを遠慮していた。きょうから日本チームを讃えつつ、クロアチアの準決勝に向けて着ることとしよう。

優勝すればご祝儀に旅行したいな。そういえば前回のW杯のときも、クロアチアがフランスとの決勝戦に勝てば、パリからザグレブ空港へ飛ぼうかなんて考えていた。そうそう海外旅行といえば今回アフリカ勢としてはじめてベスト4に進出したモロッコも大好きな国で、クロアチアvsモロッコの対戦が実現すればうれしいけど、どちらを応援しようか、悩ましい。

クロアチア、モロッコはともに決勝に進めなかった結果、三位決定戦で対戦は実現した。優勝アルゼンチン、準優勝フランス、三位クロアチア、四位モロッコ

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過日NHKBSプレミアムが放送した日中国交回復五十年特集「日中二千年戦火をこえて」は見応えあるドキュメンタリーだった。持統天皇則天武后にさかのぼって日中関係をたどった前編「知られざる修復のシナリオ」。後編「周恩来の決断“民を以て官を促す“」いずれも優れものだったが、とくに後編はわたしの大学生のころと重なっていて興味津々と懐かしさから再見に及んだ。 

ここでは周恩来の対日戦略が詳しく検討されていて、中日友好の大義とともに毛沢東大躍進政策文革による経済面でのダメージを手当てする意図が強調されていた。具体に推進したのは周恩来配下の中日友好協会会長廖承志をはじめとする「日本組」の人々だった。

一九七六年三月、国交回復後ではあったがまだ自由旅行ができないなかペーペーの社会人のわたしはやりくり算段し訪中した。はじめての海外旅行だった。一月に周恩来総理が亡くなり、鄧小平は政治舞台に復活していたがその地位は安泰ではなかった。

放送に先立って知らせてくれた方がいて、このお知らせがなければ見逃すところだった。二度目を見てようやく礼状を送った。

《先日はNHK日中関係番組の紹介ありがとうございます。とくに周恩来をメインにした後編は優れた番組であるとともにわたしには懐かしさもひとしおで、本日二度目を見たところです。

半世紀前は大学の政治学科で中国政治と中国語に強い関心をもっていて、早く中国を訪れたいと願っていました。周恩来総理が亡くなった直後の一九七六年三月、まだ自由旅行ができないころ、伝手あってある訪中団に参加させていただき、はじめて訪中しました。番組にも紹介されていた周恩来総理の下のいわゆる日本組のひとり孫平化先生が北京空港に出迎えてくださり、廖承志先生による北京ダッグの店での招宴がありました。

当時の台湾は政治的には野蛮な状態にありましたが、いまから振り返ると、もっと台湾の運命を突き詰めて考えるべきだったと思います。

NetflixAmazon Prime Videoに親しむことの多いわたしにとっては久しぶりにずしんと来る硬派の番組でした。お知らせ、ありがとうございました。取り急ぎの御礼です。》

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池田弥三郎『私の食物誌』(新潮文庫)によると折口信夫は炭酸水が好きだった。

「山路来て、おもかげさびし。たぎたつ瀬の泡くちひびく、炭酸水のいろ」

一首は山中の急流の水のわきかえるのをみて、くちびるを刺激する炭酸水を連想している。炭酸水がよまれた短歌ってめずらしいのじゃないかな。わたしはこれがはじめて。

俳句のほうはどうだろうと『角川合本俳句歳時記』をみたところ、炭酸水ではなく、ソーダ水で出ていた。ただ、わたしの語感ではソーダ水は種々のシロップが加えられたもので、プレーンソーダのイメージは弱い。関連してサイダー、ラムネが立項されていた。「一生の楽しきころのソーダ水」富安風生

「空港のかかる別れのソーダ水」成瀬櫻桃子

前者はシロップ入りだろう。

後者は無味の炭酸水で、シロップを加えて緑や赤になっていたのでは興ざめである。

「ストローを色かけのぼるソーダ水」本井英。

よい句だと思うけれど、わたしが好きなのは色のないフツーの炭酸水。折口信夫もそうだった気がする。

昨夏あまりの暑さにうんざりしていたところ、ネットで炭酸水用の水筒があると知りさっそく購入したけれど、これまで外出で使用したのは数回しかなく、どうやら早まったみたい。環境問題に配慮してスターバックスにはタンブラーを携行したいけれど、バッグが膨らむのがいやで、そこで折り畳みのタンブラーがあればよいのにと思った。もしかしてとGoogleで折り畳みタンブラーと打つと、ありました。びっくり。通販で注文しようとしたが炭酸水用水筒の二の舞になってはいけないので何とか踏みとどまっている。

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ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」はブロードウェイの父と呼ばれたジョージ・M・コーハンの生涯を描き、合衆国讃歌を奏でたミュージカル映画。米国では一九四二年に公開されているが、日本では一九八六年になってようやく公開された。当時、たまたま出張先の大阪で本作と「キス・ミー・ケイト」を観られたのはさいわいだった。

それまでギャング役のイメージしかなかったジェームズ・キャグニーだが、ボードビリアン出身だからコーハン役に不思議はない。

そのキャグニー主演の西部劇を二作品「追われる男」(1955年)と「オクラホマ・キッド」(1940年)をNHKBSPが放送した。これででキャグニーはウェスタンも演じていたと知った。とくに後者はハンフリー・ボガートが敵役で、その部下にフォード一家の定連だったウォード・ボンドがいて、おっ!

ウォード・ボンドを知ったのはTVドラマ「幌馬車隊」で、わたしは小学校の低学年、そのころわが家にテレビがやってきた。主題歌に「隊長アダムズの指揮のもと、ときには憎み、また愛し合う」とあり、このアダムズ隊長がウォード・ボンドだった。

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英語学習テキストOXFORD BOOKWORMSの最終段階Stage6に入った。目次順に進むこととしてまずはジェイムス・ジョイスの短篇集『ダブリン市民』。丸谷才一他訳『ユリシーズ』に二回挑戦して挫折したわたしはジョイスと聞くとやはり緊張したが、なんとか最後に配された名作「死者たち」にたどりついた。それにしても

I have a crow to pluck with you.

毛を毟るとかカラスって?それが「あたしはあんたにちょっと絡みたいことがるのよ」(安藤一郎訳)だったとは!

I didn’t  think you were a West Briton.

なんだ、これは。調べてみるとWest Britonはアイルランドの侮蔑語、西ブリトン人、すなわち英国人に同調的なアイルランド人。イングランドアイルランドの関係がわからないと理解しづらい。なお「死者たち」はジョン・ヒューストン監督で映画化されていて(未見)、これが同監督の遺作となった。

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まもなく山羊座の季節を迎える。西洋占星術では十二月二十二日から一月十九日までが山羊座の時期である。凄いよこのシトは、黄道十二星座がすべて頭に入っているんだから、なんて思わないでください(誰も思わないか)。いえね、フィリップ・アリンガム「星占いからみた酒の飲み方ー星酔学入門」なる戯文を読んだばかりなんです。

その山羊座の項にあった呑助たちの会話「あんたの家系で、これァすばらしいという結婚をした人はいるのかね」「おれの女房ぐらいだろうな」。(中田耕治訳)

山羊座を冠した映画に「山羊座のもとに」がある。ヒッチコックが自他ともに認めた失敗作とされるが、イングリッド・バーグマンのファンならそんなことで一蹴はできない。それに本作の撮影中、演技をめぐりあれこれと悩む彼女に、ヒッチが、イングリッド、あれこれ気を揉むんじゃない、「たかが映画じゃないか」と声をかけた傑作エピソードがある。

ついでながらわたしは天秤座。「星占いからみた酒の飲み方」には「酒を手にすれば、忽ち神気恢復、蜘蛛は翻り風は起ち、神韻縹渺たる境地に遊ぶことになりますナ」なんて『水滸伝』みたいなことが書かれてあった。気をつけなくては。

「酒飲めば 心の憂さは失せぬらむ 酒と女を 天秤にかけ」。

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歳末の「第九」フルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団のCDを聴くことが多いけれど、ことしは友人がチケットをお世話してくださり、NHKホールで井上道義指揮、N響「第九」を聴いた。コンサートホールに足を運ぶのは嬉しく、原宿から代々木公園を歩く足取りも、心も軽いクリスマスイブの午後でした。

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「人生意ヲ得テ須ラク歓ヲ尽スベシ/金樽ヲシテ空シク月ニ対セシムル莫レ」李白「将進酒」より。「人生は心まかせにして須らく歓楽を尽すべきだ/金樽を空しく月に照らさせてはならぬ。」青木正児訳。

元の詩もよし、訳もよし。お酒が好きだから本でもお酒を楽しもう。

「日本酒はいけない。日本酒は、あの宴会という日本の社会の儀式と義理と人情とを思い出させ、そばに人がいるような感じを目ざませて私を窮屈にするのである」伊藤整「酒についての意見」。わたしはこの意見に同調するが、活字のうえでは日本酒も大歓迎しよう。

来年は酒についての本をあれこれ読んでみたい。アンソロジーとしては吉行淳之介編『酔っぱらい読本』全七巻がある。個人ではこれまで愛読してきた吉田健一開高健に新たに若山牧水を配してみたい。中国関連では青木正児が推しで上に引用した『中華飲酒詩選』はじめ『酒中趣』などがある。読んでいるうちによいおつまみに出会えるかもしれない。いいことづくしだね。