『モーリタニアン 黒塗りの記録』

二00一年十一月すなわち911の二ヶ月後モーリタニア人でドイツ留学経験のあるモハメドゥ・オールド・サラヒ(タハール・ラヒム)は現地警察に連行され、そのままアメリカ政府に捕らえられました。収容先はキューバグアンタナモ湾にあるグアンタナモ米軍基地内に設けられた収容所でアルカイダ幹部やテロリストを対象とした施設です。

二00五年二月ニューメキシコ州アルバカーキの弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)は911の首謀者の一人として拘束されながら一度も裁判が開かれていないサラヒのことを知り、部下のテリ・ダンカン(シェイリーン・ウッドリー)とともにグアンタナモに飛び、彼の弁護を引き受けます。

おなじころ、テロへの「正義の鉄槌」を望む政府は米軍に、サラヒを死刑判決に処すよう命令し、海兵隊検事のスチュワート・カウチ中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)が起訴を担当します。カウチ中佐には、友人であった副操縦士が乗っていた飛行機をハイジャックしたテロリストをリクルートしたのはサラヒだと聞かされた事情もありました。

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ここから検察側、弁護側双方の綿密な調査がはじまります。ところがナンシーは政府にサラヒの供述調書の開示を要求しても、開示された文書は大半が黒塗りで消されており調査は難航します。そのため彼女はサラヒにこれまでの出来事の手記を書くことを依頼したのでした。

カウチ中佐も収容所で行われた尋問のMFR(Memorandum for the Record)の開示を求めたのですが、軍からは一向に開示されず起訴に持ち込む確信は掴めない状態にありました。ナンシーは開示請求を繰り返し、サラヒは手記を綴り、カウチ中佐はMFRにたどり着く努力を続けます。そこからドナルド・ラムズフェルド国防長官が承認した「特別捜査」によりグアンタナモ収容所の看守たちがサラヒに性的暴行を含む拷問・虐待を繰り返し、母親を逮捕して他の囚人にレイプさせるといった脅迫が行われていた事実が明らかになります。サラヒはそのために自分がテロに関与したとの虚偽の供述を行っていたのです。

わたしはモハメドゥ・オールド・サラヒの体験は報道としては知っていましたが、こうして映画に再現されると米国の法の支配に暗澹たる気持になるのは否めません。ないがしろにされた司法手続き、法律を無視した長期にわたる拘留、国防長官が認めた拷問による取調べ。

グアンタナモ収容所には少なくとも十五人の子供を含むおよそ七百八十人が勾留されていましたからサラヒと同様の体験者は多くいたと考えられます。そうなると中国政府によるウィグル族への蛮行に思いが行きます。量的な問題はあってもやっていることはおなじなのですから。しかし米国では裁判が行われ、映画化され(この映画の製作の主力はBBC)、事実が追求されるとはいえますから、そこに自由主義の優位といささかの慰めがあります。 

先日みた「モロッコ 彼女たちの朝」はモロッコの社会では未婚の母となると「逮捕を免れているだけの犯罪者」とされる現状への問いかけをふくんだ作品でしたが、さいわいこの映画はモロッコで公開されています。

まずは情報として共有されないと、じゃあどうすればよいのかの議論は起こりにくいのです。

(十一月二日 TOHOシネマズ日比谷)