堀口大學の訳詞集『月下の一群』にレエモン・ラジゲの「ばらの花」がある。
(出来るなら接吻してごらん)
お前が接吻したとしても
ばらの色は褪せはしないから
微風の手で打たれたので紅い頬をしてゐるのです
そよ風に打たれた紅い頬は可憐なバラだ。いっぽうで下手に接吻でもしようものなら棘で襲ってくるのもおなじくバラだ。
わたしは若いころ、「花なきバラ」(つまりは棘ばかり)を書いた魯迅の抵抗精神に学びたいと思った。いや、いまもおなじ思いはあるけれど、自分の抵抗の精神の衰えは自覚していて、そのぶん魯迅に接する機会は少なくなった。「花なきバラ」よりバラの花にあこがれる心の片隅にある苦味だ。