「黄金のアデーレ 名画の帰還」

ロバート・M・エドゼル『ミケランジェロ・プロジェクト』(高儀進訳、角川文庫)の終章に「ナチが盗んだ美術品を発見し、正当な持ち主である国に返還する努力が一九九0年代に始まったあとも、モニュメンツ・メンとその信じ難い成果は、ほとんど見過ごされてきた」とある。
モニュメンツ・メンとは本書の副題にある「ナチスから美術品を守った男たち」で、先ごろジョージ・クルーニーマット・デイモンが出演する映画「ミケランジェロ・プロジェクト」が公開された。
いっぽうナチが盗んだ美術品を発見し、正当な持ち主に返還する問題のひとつに「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像1」の帰属をめぐる裁判があり、オーストリア政府とアデーレの姪マリア・アルトマン(1916-2011)のあいだで争われた。
サイモン・カーティス監督「黄金のアデーレ 名画の帰還」はこの出来事をめぐる作品で、偶然にも前後して公開された映画を観ると第二次世界大戦と美術品との問題が多少なりとも理解できる。おそらく日本とも無縁の問題ではないだろう。

一九三八年、第二次大戦を前に新婚のマリア・アルトマンは夫とともにウイーンからアメリカに亡命した。夫は亡くなったが彼女は八十二歳となったいまも元気にロサンジェルスでブティックを営んでいる。そうした折りマリア(ヘレン・ミレン)は大戦中にナチスに奪われた名画でグスタフ・クリムトが描いた伯母アデーレの肖像画オーストリアの美術館にあることを知る。
早逝した伯母はマリアを可愛がってくれた忘れがたい人だった。彼女はおなじユダヤ人の若手の弁護士ランディ(ライアン・レイノルズ)の助力を得てオーストリア政府に絵画の返還を求める訴訟を起こす。名画の帰属問題はヒトラーを強力に支持し、ユダヤ人に対する迫害の熾烈だったオーストリア社会にあらためて戦争犯罪と責任を問うものとなった。
裁判の経過を追うなかでオーストリアにおけるユダヤ人の迫害とマリアたちの苦悩、亡命のいきさつなどの回想シーンが挟まれる。家族と別れ夫とともにウイーンを脱出する場面の哀切感とサスペンスが印象的だ。
父母のたっての勧めによるアメリカ行きだったが、結果として両親を置き去りにした悔恨をマリアは抱きつづけてきた。彼女の眼に伯母の肖像画はウイーンでのしあわせだったころの思い出とともに一族が離散した悲哀と辛酸が映っていたにちがいない。
ランディ弁護士がマリアの依頼を受けたのは生活のためだった。ところが依頼人のたどって来た道を知るにつれて彼のなかにマリアへの共感と裁判への情熱が湧いてくる。マリアが裁判を断念しようとしたときにもランディはあきらめなかった。エンドタイトルでランディは戦争で強奪された美術品の帰属と返還を専門とする弁護士となったと紹介されていた。絵画の帰属問題は副主人公の弁護士の成長物語となった。
二00六年オーストリアでの仲裁裁判はグスタフ・クリムト「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像1」をはじめとする五点の作品をマリア・アルトマンの帰属と決定した。いま肖像画アメリカの美術館に展示されている。故国の迫害に遭ったマリアにとっては必然の成り行きだった。ただ絵画の帰属に納得しながらも、「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」は「オーストリアモナリザ」としてその地で光彩を放つのがふさわしいと思った。この十月にデン・ハーグマウリッツハイス美術館で「真珠の耳飾りの少女」(「オランダのモナリザ」といわれる)を見たばかりだから余計そうした思いを強くした。
ヘレン・ミレンの存在感と素晴らしい演技がアデーレとともに輝いている。
(十一月三十日TOHOシネマズシャンテ)