「カルテット!人生のオペラハウス」

かつて栄光を極めた年老いた音楽家たちが「ビーチャムハウス」という老人ホームで晩年を過ごしている。イングランド郊外にあるとおぼしい時代の付いた建物を豊かな緑と美しい花々が囲む魅力たっぷりの映像に老音楽家たちが演奏するバッハやヴェルディの音楽が流れる。
かれらはここで生活しながら、意のおもむくままにセッションに興じている。多くはクラシックの歌手や奏者だが、ジャズシーンも見られたからなかにはジャズミュージシャンもいるのだろう。人によっては地域の子供の指導をしたり学生に講義をしたりしている。素晴らしい環境だが経済的には苦しく運営はきびしい。だからときどき演奏会を催してはその利益を運営資金としている。

国史上最高のオペラ四重唱と謳われ人気を博したカルテットのうちの三人がここに入所している。レジートム・コートネイ)は若き日の結婚が破綻し、その後は音楽活動に専心してきた。いまもキュートなシシー(ポーリーン・コリンズ)だがときどき認知症が表れる。ウィルフ(ビリー・コノリー)はホームの女性職員を追っかけるのに余念がないエッチじいさんだ。
そこへレジーの元妻で、野心とエゴからグループを抜けたプリマドンナジーン(マギー・スミス)が新たに入居する。もしカルテットが復活すればコンサートの成功はまちがいなく、ホームの運営は大助かりだが困ったことにジーンは過去の栄光にすがりいまでは人前では歌えない状態にある。そんな彼女にウィルフが「このままだとこれから先、脚光を浴びるのは葬式だけだよ、そんなのつまらないじゃないか」と説得するのだが・・・・・・それに別れた男と女の感情がある。
ただしレジージーンとの歳月を経ためぐり会いはいささか淡泊な気がする。ジャズの「ホワッツ・ニュー」、シャンソンの「再会」いずれもかつて愛しあいそして別れた男女の邂逅を歌った哀感のこもる名曲だが、それらを思えばもうすこし手の込んだドラマでもよかったのにとの気持は残る。くわえてもっと音楽が聴きたかった。九十分あまりの作品にまとめあげて観客にそう思わせるのがほどの良さなのかもしれないけれど。
なお原作はロナルド・ハーウッドの舞台劇『想い出のカルテット 〜もう一度唄わせて〜』で脚本も原作者が担当している。
ダスティン・ホフマンはじめての監督作品はいわば名声を博した音楽家たちの「旅路の果て」で、ただしジュリアン・デュヴィヴィエのそれとは異なり、ずいぶんと華やかでユーモラスで軽やかだ。老いの坂にあるいろんな問題も描かれてはいるが哀歓の歓の成分を多く取り入れた構成となっていて、映画の終わりには、わたしも一員である平均年齢の比較的高い満員の客席のところどころで拍手が起き、休日の夕刻の劇場に映画の祝祭性が漂った。
なおエンドロールでは、出演している十数名のミュージシャンが若き日の肖像や所属したオーケストラなどとともに紹介される。名前は確認しそこねたがジャムセッションのトランペットはかつてフランク・シナトラの伴奏を務めたトランペッターだった。
(四月二十七日TOHOシネマズシャンテ)