「マイ・ファニー・レディ」

昨年末「ペーパームーン」「ラスト・ショー」のピーター・ボグダノビッチ監督のおよそ十三年ぶりの新作が公開された。
一九三九年生まれの監督が手がけた「マイ・ファニー・レディ」は粋で、おしゃれ、往年のスクリューボール・コメディにオマージュを捧げた快作だ。
冒頭フレッド・アステアの「Cheek to cheek」が流れて「おっ、いいぞ」と思っているうちにズート・シムズ(クレジットで確かめられなかったが、あのテナーサックスの音色はたしかにズートだった)のスウィング感あふれる「Bill Bailey」が続いて心は弾んだ。そしてこの気分がずっと持続したのだから堪えられない。笑みもこぼれようというもので、おまけにラストではちょいとした驚きが待っている。

新進のハリウッドスター、イザベラ(イモージェン・プーツ)が辛口の女性ジャーナリストからインタビューを受けている。世間体のよいシンデレラストーリーはけっこうよ、という相手に女優はかつて高級コールガールだったと告白したうえで女優になったいきさつとそれにまつわる複雑で奇妙な人間模様を語りはじめる。
ある日、彼女はブロードウェイの演出家アーノルド(オーウェン・ウィルソン)という初対面の客から、きみがこの商売をやめるなら、将来のために三万ドルをプレゼントしたいという奇妙な申し出を受ける。承諾した彼女は夢だった女優をめざしオーディションに臨んだところ、与えられた役はコールガール、そして審査するなかにアーノルドがいた。結果は、コールガール役は彼女以外に考えられないと絶賛を博した。事情を知られたくないアーノルドを除いて。
この二人にイザベラの初舞台の主演女優でアーノルドの妻、彼女とわけありの仲にある相手役の男優、イザベラを忘れられず執拗に追う元判事の客と彼が雇った探偵、さらには脚本家やセラピストが絡んで、偶然が偶然を呼ぶ大混戦の群像コメディが繰り広げられる。
こんなに愉しませてもらい、いい気分にしてくれた「マイ・ファニー・レディ」だけれど、ウディ・アレン作品の変化球のような感じを受けるのは気になるところ。素敵なメロディが二つあって、別個に魅力的なジャズとして演奏されたが、双方のインプロビゼーションがずいぶんと似ている、といった感じでしょうか。
原題She’s funny that wayはよく知られたスタンダードナンバー。おすすめはビリー・ホリディだが、女性歌手のばあいはHe’s funny that wayの歌詞で歌われる。funnyなのはイザベラ、それとも彼女を取り巻く男たち?それぞれでご判断ください。
(二0一五年十二月二十二日ヒューマントラストシネマ有楽町)