「ファイアbyルブタン」

二0一二年パリのナイトスポットの殿堂クレイジーホースがゲストアーティストとしてクリスチャン・ルブタンを招き、彼の希望で音楽をデイヴィッド・リンチが手がけた。そのショーは〈FIRE〉。八十日の期間限定で公開され、パリのショービズ界の絶賛を博したという。

「ファイアbyルブタン」は舞台のプログラムが3D映像に再構築され、これにルブタンのコメントやダンサーたちのインタビューがくわわる。撮影を担当したのはブリュノ・ユラン監督をはじめいずれも「Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」のスタッフで、スタジオで再現された〈FIRE〉をカメラは客席からは望めない角度をふくめいろんな方向からとらえる。
なんて知ったかぶりで書いているけれど、わたしはこの映画を観るまでクリスチャン・ルブタンの名前すら知らなかった。シューズデザインの天才と評されていて、高いヒールと底の赤を特徴とする靴はセレブ女性たちのお気に入りなんだそうだ。この人がクレイジーホースにシューズを提供するだけじゃなく演出に当たったのである。デイヴィッド・リンチについても映画監督とばかり思っていたが音楽家でもあるんですね。
一九六三年生まれのルブタンがシューズデザイナーを志したのは、ダンサーの脚に魅了されて彼女たちにはかせてみたい靴をデザインしようと思ったのが出発点だったそうで、直線で鋭角的なモデルじゃなくて柔らかい曲線のダンサーのための靴をデザインしたかったんだと語っている。
完璧なボディラインの美女たちが繰り広げる踊り。靴と脚線のフェティシズム。両者のしあわせな結合がもたらす美とエロティシズムの華麗な饗宴に3Dの映像技術が花を添える。
「雄よりも ずっと美しい。/神さまにより近い/おだやかな いきものの/雌はみんな そうだが」(ウンベルト・サバ須賀敦子訳)

ところでルブタン氏曰く「仕事のオファーははじめは断りを入れ、そこから自分が本当に出来るだろうか検討してゆくんだけど、今回はまず引き受けた。いつもとは反対にね」。
浅草の劇場に日参して楽屋で女優、踊り子と過ごすのをたのしみとした永井荷風は「渡鳥いつかへる」「停電の夜の出来事」「春情鳩の街」といった軽演劇の脚本を書き、「春情鳩の街」のときは自身舞台に立った。
春川ますみが贔屓だった谷崎潤一郎また日劇ミュージックホールのために「白日夢」を舞台にのせ丸尾長顕とともに構成・演出者に名を列ねた。
三島由紀夫日劇ミュージックホールの脚本を書いて謝金をもらって、丸尾長顕に、なんだこれっぽっちかと言ったそうだが、おそらくうれしいのを照れ隠ししてたんだと思いますね。
こうして才ある男たちは美しい裸のために一肌も二肌も脱いだ。男のあこがれの職業の双璧はプロ野球の監督とオーケストラの指揮者なんだそうだが、クレイジーホースの演出はその上を行くのじゃないかなあ。わたしだったらこちらを選ぶ。こんな仕事を断ってちゃ罰が当たりますよね、ルブタンさん。
(十二月二十三日ヒューマントラストシネマ有楽町)