「無名」~中国共産党と汪兆銘傀儡政権のスパイ合戦

本作は第二次世界大戦下の上海を舞台にしたスパイ・ノワール作品です。ネタバレは避けたくて試みてみたのですがどうも上手くいきませんでしたのであらかじめお断りしておきます。

この時代、陰謀渦巻く上海でのスパイ劇となると国民党と共産党の特務機関、諜報機関工作員たちの入り乱れた、敵味方定かならぬ角逐、対立となるのが定石です。しかし現状で大陸と台湾の統一を考えるとそうした定石は避けておくのが賢明のようです。というのも大陸と台湾の統一は政党の関係として第三次国共合作の可能性が考えられるからです。ゆえに以前のように国民党、すなわち反共の白色テロ集団という設定はまずい。そこでクローズアップされたのが蒋介石を裏切り、日本の手先となった汪兆銘をトップとする傀儡政権、漢奸(敵側への協力者)たちの一団でした。これなら大陸、台湾問わずどう転んでも名誉回復はありえません。しかしそのぶん物語の骨格は小さくなりました。

こうして「無名」は中共から汪兆銘機関に潜り込んだ「もぐら」のお話となります。だれが「もぐら」なのか、どんなふうに引っ張り出され、晒されるのか。トニー・レオン、ワン・イーボーが出自や身元不明のスパイとして緊張の攻防劇と心理戦を繰り広げます。ついでながら客席は女性が多かったですね。中高年のお目当てはトニー・レオン、若い層はワン・イーボーと拝察しました。

f:id:nmh470530:20240515111601j:image

でも二人の人気スターに漢奸の役を一気通貫、徹底的に演じさせるなんてとんでもないですから物語の展開はすぐ読めてしまうのが難でした。習近平文化大革命を発動したら漢奸を演じた役者は吊し上げありでしょうから、無理筋であってもスターたちを漢奸のままにしておくのは中国という政治の国では不気味なのです。

一九七六年にはじめて上海の魯迅記念館を訪れた際は蒋介石劉少奇の写真は抹殺、トリミングしまくりでしたが、いまはおふたりとも堂々と掲げられています。けれど魯迅(本名、周樹人)の実弟、周作人は対日協力者、漢奸として抹殺、トリミングされたままです。わたしは周作人は政治的な行動のできる人ではないと確信するのですが、それはともかく先年魯迅記念館へ行ったとき、現地の案内役の中国人に、いたずら心からそっと、どうして蒋介石の写真がよくて、周作人がダメなんですかと訊くと「そんな難しい政治の話はやめてください」と釘を刺されました。それやこれやでこの映画、へんな読み方をしてしまいました。

(五月十四日 ヒューマントラストシネマ有楽町)